桜の木の下で・後/52


「あんまり、なまえに迷惑かけんなよ」

兄貴はわかったようにそんなことを言った。うるせェ、と返して外に出る。なまえの家は俺の家から歩いて十五分ほどの場所にあるのだが、外に出ると待ちきれなくてやや小走りでなまえの家の前まで来た。
インターホンを鳴らすと直ぐになまえが出てきて、後ろにいるらしいなまえの兄に声をかけていた。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ありがとう。行ってきます」

リヒトとなまえは仲が良くて、俺はよく、俺も家族だったら良かったのに、と思う。一度、兄貴の前で口に出してしまって「お? 家族は結婚できねェぞ?」とからかわれた。そうだけれど、家族の繋がりならそう簡単にはなくならないし、なまえは今から俺と出かけるけど、おかえり、となまえを迎え入れるのはこの家なのだ。

「おはよう」
「おはよう」

行くか、と手を差し出したが、意図がわからなかったのかなまえは両手をポケットに突っ込んで隣を歩き出した。……もう少し人が多いところで改めて言ってみよう。

「……」

隣を歩くなまえをチラチラと盗み見る。いつもの制服も良いのだけれど、なまえの私服姿も(特に外へ出かける時の格好は)とても良い。今日のは大きめのシャツに、ボディバック。ぴっちりした黒のパンツと、底が厚めのランニングシューズが決まっている。カッコイイ感じだ。
なのだが、隣に並んだ時、キャップのつばがなまえの顔を隠してしまって身長が高いのをやや恨んだ。

「なあ、なまえ」
「ん?」

なまえが涼し気に影が落ちた顔をすっとあげた。シャープな輪郭に触れてみたくなるがぐっと我慢して、「それ、」と指をさす。まずは身に付けてるものを褒めるのが良いと兄貴が放置している雑誌に載っていた。この一言が今後のデートの雰囲気を左右するのだと。

「なんで帽子かぶってるんだ?」
「なんでって……、なんで? 変?」
「変じゃない」
「なら、普通にオシャレってことにしておいてくれたらいいんじゃないの?」
「取らないのか?」
「……なに? やっぱりこれダメ?」

駄目じゃ、ない。別に。ただ。顔が。ん? 俺はなにか間違えたような気がして改めてなまえを見る「……」無言で微妙な顔をこちらに向けている。あれ?

「すいませんね?」

怒っている、訳では無いが、雰囲気は良くならなかった。「本当に、おかしくは」ない、のだが、顔が見えづらいのがあまりに惜しくてどうしても気になってしまう。難しい。それなら簡単だと思ったのだけれど。……兄貴ならスマートに決めたのだろうか。大人だから、なんて言うが、どうにも俺には、それだけでは無い気がしてならない。
いつも、兄貴の方がなまえを笑顔にしているし、なまえの好きな物がわかるようで、今日もまた、勝手に悔しくなってしまった。



桜の時期にはまだ早いが、それなりに人が多い。
電車はあまり混んでいなくて見せ場がなかったが、気を取り直して手を差し出す。

「はぐれると困るだろ」
「……大丈夫。ちゃんと見てるよ」
「えっ、俺を」

それなら、それなら手なんか繋がなくてもいいような。いつもはどれだけ見てて欲しくてもぼうっとよそ見をしていたり、他のクラスメイトを見ていたりするのに。(体育の授業でどれだけ上手く立ち回ってもなまえからの反応はない。むしろ、どこからともなく声が上がるのをうるさそうにしている)
いやいや、でも、今日は。

「桜を見に来たんだからな」
「手、繋ぐの? どうしても?」
「ああ」

なまえは人差し指だけを俺の指に絡めて歩き出した。繋がりはやや弱々しいが、これはこれで悪くない。
俺となまえとは適当に話をしながら桜を見て回る。出店でチュロスを買って、なまえに差し出すと「ありがと」と一口食べていた。口の周りについた砂糖をぺろりと舐めとる姿にどきどきする。いや、大概いつもどきどきしているのだけれど。
なまえは、フライドポテトを買っていた。適当なベンチに座ってから食べ始める。少し上を見ると桜の枝が伸びていて、いくつかつぼみが開いている。

「なあ、一本くれ」
「うん、どうぞ」
「……ありがとう」

手は両方空いているから普通に容器ごとこちらに差し出された。なかなかうまくいかない。けれど、なまえは桜の花を眺めながら「きれいだね」と笑っていた。俺はそれだけで満足だ。
……うん。よし。これはきっと、良い雰囲気、と言うやつだ。

「なまえ」
「ん?」
「来年も、二人で来ないか」
「もう来年の話?」
「その次の年も」

なまえはすっと俺から視線を外して俯く。

「52、それは」
「……」

さらさらとまだ冷たい風がなまえの体を撫でて髪を攫う。駄目とは言わないだろう、と答えを待っていると案の定なまえは「そうだね」と微かに笑っていた。寂しい感じのする笑顔だ。

「お互いに恋人がいなければね」

これが例えば、リヒトならば、そんなもの関係なくなまえと一緒にいられるのだろう。恋人がいるとかいないとか、関係なく。やっぱりリヒトが羨ましい。幼馴染で友人程度では駄目だ。出来ることなら、家族になりたい。

「そんなの、俺にはできない」
「何言ってるの……、君は引く手数多でしょう……」

一番欲しい手は、こちらを引いてくれそうにない。喉の辺りまで「俺は絶対になまえがいい」という言葉が出かかっているが、引っかかって上手く取り出せない。

「ないんだ」

なまえは、俺じゃ駄目なのだろうか。なまえに俺はどう見えているのだろうか。気になって仕方がないことは今日も聞けず、他ならぬなまえに、恋人になって欲しいと、なまえが好きだと言えないまま二人だけの時間は過ぎて行った。


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20200303:微妙な距離感。

 

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