20200314/リヒト


「あっ」

まずい。そうだ。ホワイトデーのお菓子を上機嫌で食べながら思い出した。この人、今日誕生日だった。すっかり忘れていて何も用意していない。あげられそうなものがないか探すが、本当になにもない。強いて言えばこの人から貰った飴くらいだ。
突然手を止めて顔を上げた私に、先生は「え? なに?」と驚いている。

「お誕生日でしたよね? おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。覚えててくれたんだね」
「覚えてたっていうか、思い出したんです。おめでとうございます」

私が深々と頭を下げると「覚えてたことにしておけばいいのに」と真顔であった。申し訳ない。どうにも嘘を吐くのが苦手でいけない。去年はどうしたんだったか考えているが、なんだか、去年もまったく同じやりとりをしたような気がする。来年こそは何か用意します。楽しみにしておく。と言うような。去年の私。ごめんね。私は貴女が思ったよりもずっとポンコツでした。

「誕生日……。何か、欲しいものあります?」

それは思い出さなかったことにして改めて聞いてみる。去年も聞いた気がするが答えは忘れてしまった。リヒト先生は笑いながらお茶を啜っている。

「いいよ、気にしないで」
「……ですか?」
「うん。おめでとうって言ってくれただけで十分。っていうか君は、僕になにかしようなんて考えなくてもいいんだよ?」

案外水臭いことを言う人だ。こんなことを言うくせに、この人は私の誕生日を忘れたことはないし、ホワイトデーにもきっちり三倍くらいの値段がするバームクーヘンをくれた。毎年これだが、なにか意味があったりするのだろうか。調べようと思いながらいつも忘れてしまう。
なにかないかと考え続けて、リヒト先生の顔を見ると、あることを閃く。

「あ」
「うん?」

いや、でもこれは、悪ふざけがすぎるような。まあ、冗談が通じない先生でもない。いつもこの人が使う冗談が、どれだけ微妙な気持ちになるかこれでわかるだろう。私はできうる限り明るい調子で言う。

「今すぐ用意できるものと言ったら、あれですね、ハグとか。どうですか?」
「へっ!?」
「それともキスですか?」
「まっ!!?」

待って待って待って、とリヒト先生は椅子から転がり落ちて小さくなって震えている。なんだその反応。面白いぞ。などと、ついうっかり面白くなってしまって私も椅子から降りる。確かこの後はいつも決まって。
ぽん、と骨ばった肩に手を乗せて首を傾げる。

「……それ以上?」
「ヒッ」

先生は胸を両手で押さえてばたりと倒れた。あれに似ている。犬が時々やる、銃に撃たれた真似だ。ただ違うのは、ぐったりとして動かないことか。

「……」
「……?」

本当に動かないな。

「先生?」

肩を揺するが生気が感じられない。これはまずいのでは!?

「あれ? 先生? リヒト先生!? だ、大丈夫ですか!?」

がくがくと大きく揺らすと先生はようやく起き上がった。顔を両手で隠しているが生きてはいるし健康状態も問題なさそうだ。私は素直にほっとする。

「だ、大丈夫。一瞬、花畑が見えたけど、大丈夫」
「……なんだか、すいません」
「今の、他の誰にも言っちゃ駄目だからね」
「言いませんよこんなことリヒト先生にしか」
「ッウ」

先生はまた胸を押さえて倒れていた。「もう駄目だ」「いつの間にこんな小悪魔に育ったんだろう」「僕が知らない間に……」「本当にもうこの子は……」ぶつぶつと呟きながらのたうち回っている。よくわからないが平気そうだ。平気ならいい。

「忙しいひとですねえ」
「君のせいです」

リヒト先生は息を切らしながら胸を押さえていた。

「次までに何かプレゼント用意しておきます。何がいいですか?」
「ああ、だから僕は、なまえちゃんが健康で元気で幸せなら何もいらないったら」
「ええ……? それだと困るんですけど、じゃあ、ペンとかそんなんでいいですか? 使います?」
「え、指輪……? それは流石に僕に用意させて……」
「一文字も被ってないんですけど。わかりました指輪ですね」
「エッ!!!!?!!?!?」
「……なんで自分で言う冗談は良いのに私が言う冗談は駄目なんですか?」
「いろいろあるの……、僕には……」

そうですかあ。と言いながら「まあ今日の所はハグで勘弁してください」と続けると、真っ赤になっていた。うーん、困った。この人をからかって遊ぶのが最近とても面白い。


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20200302:おめでとう……。

 

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