vsカリム過去編07


憧れだった。子供じみた恋で、拙い想いだったかもしれない。けれど、恋人にしてもらって、この人と一緒に過ごすようになって、わかったことが一つある。なまえみょうじと一緒に居るにはこちらも同様に強くなければならない。この人に良く思われたいがために鍛えたり努力をしたこともあったが、今は、ただ、隣に並び立つ為に強くなりたい。
多少の無理や無茶ではびくともしないこの人が、せめて、時々でも、寄り掛かれる程度には。

「なまえさん、入りますよ」
「うん。どうぞ」

手当を受けたその直後からけろりと業務に戻ったなまえさんだが、傷はまだ完全に塞がったわけではない。俺はバーンズ大隊長から「よく見張っておくように」と言われ毎日包帯を替えている。……。それがどういうことかと言うと。いや、なまえさんは怪我をしているからあまりに不謹慎とは思うのだが。しかし。

「ごめんね。面倒かけて」
「いえ、面倒なんてことは全く全然、これっぽっちも」
「そう?」

まさかご褒美ですなんて言えるはずはない。この人は平気そうなのが救いだ。救いか? 救いということにしておく。それでも躊躇いなく服を脱がれて目のやり場に困る。できるだけ性的な部分は直視しないようにしながら今日も包帯に手を掛ける(今日の下着の色はブラウン、結構かわいいデザインだった)。三日目だが傷はほとんど塞がっている。回復力が驚異的だ。この細い体のどこにそんな力があるのだろう。

「あの」
「うん?」
「気が紛れるような話、して下さい」
「昨日は何の話したっけ」
「訓練生の時の話です、臨時で教鞭を振るいに来た体術の先生に二年くらい拉致されていた話でした」
「ああ。いや。あれがなければ私はもうちょっと普通のシスター兼消防官だったと思うんだけど」
「……そうですか?」

そうですかってなんだ。となまえさんは言ったが、だってそうだ。なまえさんがシスターの資格を剥奪されたりされなかったりしているのは隊内外で有益だったり無益だったりする喧嘩をするからで、それはなんというか、元からの性格な気がしているので、なまえさんが多少肉体的に弱いくらいで大きく変わるとは思えない。

「まあいいや。ところで、カリム」
「はい」
「大丈夫?」
「いえ、まあ、いや、本来、本当ならそれは貴女にかけるべき言葉で」
「私は大丈夫」
「……」

赤い顔と若干前かがみになる理由について言い逃れできずに「すいません」と包帯を巻き直す作業を続ける。もう少しだ。なまえさんは毎日「別にカリムがやらなくても」と言うのだが俺としてはこんな機会もう二度とないかもしれないから例え鼻血を出したとしても(実際初日はやらかした)この役を他に渡すわけにはいかない。

「で、大丈夫?」
「あんまり聞かんで下さい、気にしないようにしてるんで」

そういうもの? となまえさんは気楽なものだ。なまえさんこそ、気持ち悪かったりしないのだろうか。ちらりと顔を盗み見ると、こちらを見下ろしているなまえさんと目があって全身がびくりと震える。「ん?」「い、いえ、なんでも」部屋にいるなまえさんはやや気が抜けていて表情が柔らかい。いつもがキツイわけではないが、二人で居ると特にそうである気がする。脱力した手のひらに頭を撫でられてぐ、と唇を噛んで正気を保つ。
包帯を巻き直す名誉ある仕事を終えると、息を吐いた。

「終わりましたよ」
「ありがとう」

いつもとは違う大きめのシャツを着てどさりとベッドに寝転がった。疲れている、のかもしれない。

「何か持って来ましょうか?」
「いいよ。それよりちょっと」

俺は俺の体に起こっている色々なことはひとまず忘れてベッドの端に座る。なまえさんには背を向ける形になってしまうが、これで少しくらいは収まってくれるはずだ。本当に欲に忠実すぎていけない。

「今日、あの子、教会に来てたよ」
「ああ。見てました」

改めて見れば何のことはない。あの少年は少し前、母親が焔ビトになり、特殊消防隊に向かって「人殺し」と叫んでいた子供だった。なまえさんはわかっていたようだが、俺は今日ようやく気が付いた。話を聞けば、父親が焔ビトになった時、第三の隊員が「さっさと殺しておけ」と言ったのを聞いたらしい。そんなクズ野郎の為になまえさんが謝る必要は一つもないのに、なまえさんは「ごめん」と繰り返していた。許さなくてもいい、とも。少年にはいろいろと抱えていたことがあったようでひとしきりなまえさんに話してしまうと笑って、大きく手を振って帰って行った。何を話したのかは知らないが、なまえさんの穏やかな横顔を見ながら、俺はとんでもない人の恋人をしていると改めて思った。そんなところが好きだ。

「たぶんもう、特殊消防隊を刺し殺そうとは思わないよ」
「それはいいんですけどね。他にやり方なかったんですか? わざわざ貴女が刺される必要はねェでしょう」
「……」

なまえさんは聞きたくない、と両耳を塞ぐ。「あっ! そんな子供みたいなことして」まだ話は終わっていない。自分の体を傷つけるようなことは今後控えて貰わなければ、俺の寿命まで縮んでしまう。「コラ」と言いながらなまえさんの両腕を掴んで耳から外す。いくらでも振り払えるはずなのにあっさりと俺が力をかけるまま腕が動く。

「……」
「……怒ってる?」
「……怒ってません。心配で心配してます」
「カリムは」

至近距離で名前を呼ばれる。あわよくばキスでもしてしまおうかと思って近付いていた顔がぴたりと止まる。「カリムは、」なまえさんの涼やかな瞳がこちらを見上げている。綺麗な色だ。見ているだけて熱くなって溶けそうになる。

「……」
「? 俺がどうかしましたか?」

ここまで言い淀むなんて珍しい。伝えるべきことはぱきっと伝えてしまうのがこの人だ。なまえさんから言葉を待っていると、なまえさんは俺に押さえられている両腕に力を込めた。離せということだろう。すぐに力を抜いて解放する。自由になった両腕がこちらにすっと伸びて来る。俺を引き寄せるようにゆるく力を入れるから力の入れられる方向へと体を動かす。
ベッドにあおむけになっているなまえさんを、押し倒したような形になる。上半身が不安定で、なまえさんの体のすぐ横に両手をついた。これは。まずい。

「カリム」

その上で名前なんか呼ばれたら止まれない。だって、なまえさんの腕だって、俺の首に回っているし。これでは、まるで。まるで誘われているようで。

「なまえさん、」

好きだ。伝わっているだろうか。本当に本気で。この人の隣に居たい。一生。そう、一生追いつけなかったとしても、この人にも俺を好きになって欲しい。

「ん、ぅ」

これは実質、なまえさんからのキスなのでは、と思うと全身が熱くなる。嫌がられないのをいいことに何度も角度を変えて深く触れ合える場所を探す。「っ、」もっと密着したくてなまえさんに完全に覆いかぶさる。怪我をしていることを忘れているわけではないからあまり体重はかけないように気を付けながらぴたりとくっつく。ガキみたいに熱を持つそれは当たってしまっているだろうが元々バレているんだから関係ない。

「ふ、」
「なまえさん」

なまえさん、とキスの合間に呼ぶせいで上手く呼べていないのだが、繰り返しているとなまえさんも応えるように「かりむ、」と呼んでくれた。二度目に口が開いた時を狙ってがつ、と口づけを深くする。なまえさんの赤い舌を探り当てて絡みつく。くちゅ、とお互いの唾液がぶつかって音を立てる。それがなまえさんのものであるなら余さず欲しくて吸い上げる。苦しそうに声を出すが、まだ、やめろとは言われない。たどたどしく絡められる舌は、普段のなまえさんからは考えられない程に所在なさげである。……慣れてないんだな。とわかってしまって俺はきゅう、と胸が鳴る音を聞いた。ああ好きだ。この人が好き。

「……好きです」

耐えられなくて縋るようにそう伝えた。苦しかったのか俺と同じ理由なのか上気した頬と荒い息が堪らない。こんな顔。いつもならば絶対にしない。

「うん」

なまえさんははあ、と息を吐きながら頷いた。首から腕がずりおちてベッドに沈む。

「慣れてるね」
「そ、そんな言い方することないでしょう」
「いや、ごめん。嫌味じゃなくて」

鋼の理性で体を離す。なまえさんは今怪我人。怪我人。今だって痛いのを我慢している可能性がある。これ以上は駄目だ。絶対に。呪文のように繰り返しながら元の体勢に戻る。あまりにも偉い。脳内で拍手喝采が聞こえる。

「……怪我が治ったら、この先もしていいよ」

この。先。

「今、なんて言いました?」
「おやすみ」
「もう一回言って下さい、ちょっと、なまえさん」
「おやすみ」
「意味わかって言ってますか? 本気にしますよ? 怪我治ったらそのつもりで来ますよ? 本当に大丈夫ですか? ……聞いてます?」
「おやすみ」

「なまえさん!」と肩を掴むと鬱陶しそうに振り払われた。振り払われたが、俺は「約束ですよ」と、確認し続けた。なまえさんが「うるさい、はやく部屋に戻れ」と怒るまで聞いて、案の定、『その日』まで、全然全くうまく眠れなかった。


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20200302:次すけべですねがんばりましょう。

 

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