vsカリム過去編06


フォイェンにもレッカにももう立派に恋人だな、と評価されて、少し前までの俺ならば考えられなかった成果をあげている。抱きしめさせてくれることもあるし、雰囲気が良ければキスをしたり、出かければ手も繋ぐ。恋人すぎるほどに恋人だ。だが、人間というのは強欲なもので、隣に居られたらいい少しでも一緒に居たい近くにいきたい親しくなりたい独占したいと感情に際限がない。なまえさんは相変わらず冷めているというか、クールなものだが明らかに心を許してくれてはいる。それはわかる。俺も伊達に一方的な恋をしているわけではない。
だから、あれだ。
つまり。

「カリム、聞いてた?」
「へっ、あ、ああ、すいません。聞いてませんでした」
「……今、集中力を欠いた原因が私なら」
「っ、す、すいませんでした! 気を付けます」
「……」

今考えることではなかった。なまえさんはなんだか今日の朝からピリピリしている。あからさまに人に当たることはないが、普段よりも表情が厳しい。そんな顔にすらどきどきしてしまうので俺は大概重症だけれど、ぐ、と気を引き締める。仕事中、仕事に集中できなくなったらなまえさんは容赦なく俺を突き放すだろう。

「わかった?」
「はい。ありがとうございました」
「それから」

なまえさんはぎゅっと眉間に皺を寄せて黙っていた。何か気がかりなことでもあるのだろうか。言葉を待っていると「今日、朝から嫌な予感がしてる。気を付けて」と言って去って行った。ああ、原因のわからない予感のようなものがまとわりついているから機嫌が悪いのか、と納得しながら「はい」と頷いた。



とは言え、俺にはいつも通りの一日としか思えず、何をどう気を付けるべきなのかわからないまま焔ビト発生のサイレンが鳴り響いた。なまえさんはいつも通りにどこにでも出られるように現場を俯瞰している様子だった。考えた末俺の中隊について来て「うまく使って」と肩を叩かれた。頼もしい人だ。ファンが多いのも納得してしまう。
現れた焔ビトは大人しく、避難誘導にも問題はなかった。静かな現場で、火が燃え広がってもいない。鎮魂もつつがなく行われてでは引き上げるかと、いつも通りにいつも通りの出動だった。なまえさんの様子をちらりと確認すると、浮かない顔できょろきょろと周囲を見回している。俺も同じようにしてみるが、ここから何かが起こる様子はない。心配しすぎじゃないですか、なまえさんにそう声をかけようか迷っていると。

「あああああああッ!!!」

聞いた人間の脳髄を震わせるような叫び声だった。驚いて声のした方を振り返る「!?」男の、まだ小さい、子供が一人、突進してくる。
手には磨かれたナイフが握られて、刃はこちらに向けられている。あまりに咄嗟のことで反応が送れた。直進する迷いのない足、突き出される両腕。――俺は、首のあたりを掴まれて後方に投げ飛ばされた。

「は?」

俺の居た場所になまえさんが躍り出て、その子供が放った一撃を腹で受け止めた。「なまえさん
!」じわ、となまえさんの服に血が広がっていく。どうしてこんなところに子供が。しかも、どうしてなまえさんが刺されなきゃならない……!?

「あ、」

その子供は何を見たのだろうか。なまえさんの顔を見上げて、怯えるように声を震わせた。さっきまでの威勢は既に消えていて、自分がしでかしたこと、あるいは、目の前の強い強い女性から放たれる圧倒的な何かに直面して指先から、体へと震えが伝播する。

「ごめん」

はっきりとした謝罪は、なまえさんから聞こえていた。「え」と子供はなまえさんを見上げる。俺にも意図がわからない。掴んで一発ぶん殴ってやろうと踏み出したが合流していたフォイェンによって止められる。邪魔をするな、と言われいる気がした。それはわかるが、しかし、あそこにいたのは俺だったのに。

「気の利いたことは何も言えない。けど、今日は帰って、で、落ち着いたら教会に遊びに来たらいい。話くらいはいつでも聞ける」

なまえさんは自分に刺さったナイフを抜いて、袖で綺麗に血を拭きとった。あろうことか、それを子供に返してしまう。ぎゅ、と一度手を握ってからそっと離す。嫌になるくらい丁寧だ。

「……気が済まないなら、また、これ持ってきてもいいし。まあ、そう何度もは刺されてあげられないけど」

気を付けて、と言われていたことを思い出す。
子供はここに突撃してきた時と同一人物とは思えないくらいの覇気のなさでとぼとぼと歩いて行った。なまえさんに視線で制されて、誰もその子供の足を止めることはなかった。
俺は真っ先になまえさんに駆け寄る。

「なまえさん! 血が、」
「ああ、大丈夫。うまく刺さる様に調整してる」
「そういう問題じゃないんですよ、刺さってることには違いないし間違いないんですから……!」
「大丈夫」

なまえさんはぐっと自分の腹の傷を押さえて、俺を近寄らせなかったが、どう控えめに見たってなまえさんは俺を庇って刺されている。有無を言わさず近寄って「ん、うわっ」なまえさんを横抱きに持ち上げた。おお、と声のない歓声が聞こえた気がした。

「暴れないで下さい。傷が広がりますよ」
「……」

なまえさんは「はあ」と息を吐く。そして、俺に体を預けてくれた。それでいい。このくらいはさせてくれなきゃ、今度は俺の気が収まらない。

「ありがとう。実は結構痛い」
「当たり前でしょうが」

俺の白いローブにも、なまえさんの血が広がりはじめていた。


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20200301

 

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