20200314/ジョーカー、リヒト


「リヒトくんって、何が好きなんですか?」

誕生日になにかあげたいと思ったのだが(軍資金は先月のバレンタインの残りで申し訳ない)、いざ用意しようと町に出るも、リヒトくんの欲しそうなものがわからずにとんぼ返りしてきた。ジョーカーにそう聞いてみると「本人に直接聞けばいいだろ」と言われた。その通りだ。

「リヒトくん、誕生日に欲しいものありますか」

これは、本人を前にして言った言葉だ。「え?」としばらく考えた後、ようやく来週の今日が誕生日だと気付いたようで手を打っていた。「ああ。そっか」そうなのだ。何かないだろうかと答えを待っていると、リヒトくんは私の頭を撫でてから「じゃあ考えておくね」と言った。本当だろうか。待つこと一週間。三月十三日に「おまたせ、考えたよ」と声をかけられた。

「もう明日ですけど……」
「うん。大丈夫大丈夫」
「そう……? それでえっと、何を贈ったらリヒトくんの誕生日を祝えますか?」
「なまえ」
「なまえというのは、私の名前ですね……?」
「うん。明日一日、僕の本当の妹になってよ」
「……それは、ええっと、どういう遊び?」
「なまえも僕のこと、本当のお兄ちゃんだと思っていいから」
「なる、ほど……?」
「じゃあ、よろしくね」
「任されました……?」

私は明日までの短い時間の中で改めて妹というものを調べてみた。リヒトくん、実は妹が欲しかったのかな。できうる限り期待に応えたい、えーっとなになに、妹とは年上に甘えるものらしい。甘えたらいいのか? ん? あれ? 甘えるってどういうことだろう。えーっとそもそも甘えるとは。日付が変わるまで起きて調べていたせいで、朝は思い切り寝坊してしまった。



「おはよう、なまえ」
「あ、おはようございます。リ、……、お兄ちゃん?」
「うん」

寝起きの頭でよくやった。私は私を褒めてあげる。リヒトくんも嬉しそうにしている、ような気がする。「髪、今日は僕が整えてあげる」「ありがとうございます、お兄ちゃん」たまにふざけて呼んでいるしあまり違和感はない。リヒトくんの、ジョーカーよりも冷たい指先が頭に触れる。するすると髪を梳かして一つに結んでくれた。これはこれで、シンプルで良い。

「あ、あと、誕生日おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
「……あの」
「ん?」
「いえ、なにも……」

ケーキはジョーカーと用意したけれど、何か簡単なお菓子くらい買っておけばよかった。妹とは何か甘えるとは何かということを考えてばかりで、こういう時に手元が寂しい。しかし本当にこの兄妹ごっこはリヒトくんの誕生日プレゼントになり得るのだろうか。リヒトくんは楽しそうで私も結構面白がっているけれど、本当に、これだけで?

「なまえ」
「はい」
「おいで」

いつもとあまり変わらないような。でもいつもはいくら私がぼうっとしていても手を差し出されることはない。これが兄妹というものだろうか。私は言われるままに手を掴んでリヒトくんに付いて行った。じっと楽しそうな顔を見上げていると「ん?」とこちらを気にしてくれる。「なんでもないです」と言うとリヒトくんはやはり楽しそうに「そう?」なんて首を傾げて笑っていた。



「……なにしてんだ」
「ふふ、かわいいでしょ。僕の妹」
「俺の恋人だふざけんな」

なまえはしばらく僕が導くままに抱きしめられたり手を引かれたり、一緒にテレビを観たりしていたのだけれど、昨日の夜更かしがたたったのか、その内僕に体を預けて眠ってしまった。足の上に乗って体重を預けてすやすやと寝息を立てている。これは普段ならばジョーカーの特権だけれど、今日の僕はなまえのお兄ちゃんだ。お兄ちゃんならばこのくらいのことは普通のはず。

「それは兄妹の距離感じゃねェよ」
「そんなことないよ。普通普通」
「どこが普通だ。返せ」
「何言ってるの? ほら、僕はなまえのお兄ちゃんなんだからアレ言わなきゃ」
「アレ?」
「あれだよ。ほら、妹さんを僕に下さいってやつ。あげないけど」
「調子に乗りやがって……、どっちが貸してやってると思ってやがる……」

ジョーカーは僕を見下ろしてなまえの様子を確認した。僕も同じようになまえを見るが、見れば見るほど穏やかな寝顔だ。時々夢を見るのかうなされていることもあるけれど、今日は静かに眠っている。

「まあ……。そいつがそうやって気を許せる相手がいるのは悪いことじゃねェ」
「表情と言葉とが合ってないけど」
「逃げ出した後はほぼ毎日うなされてたからな」
「ふうん」
「そんなことよりお前、用意できてんのか?」
「うん。ばっちりだよ」
「なら妹とじゃれついてないでさっさと立て」
「ええ? 見ての通り僕は動けないから後はジョーカーやっておいてよ」
「……」

ジョーカーはじとりと僕を睨んで、小さく息を吸った。特別な声音で彼女を呼ぶ。

「なまえ」

決して大きくはない声だったけれど、流石に年季が違うというかなんと言うか、「……ん、」となまえは薄く目を開いて、周囲の状況を確認した。昔からの癖なのだろう。「あ、寝てましたね」と言いながら欠伸をしている。

「おい、兄ちゃんが動けねェからどけってよ」
「言ってないよ。なまえ、眠いならもう少し寝てていいよ」
「良くねェ。準備があるだろうが」
「だからそれはもう少し後でも間に合うって」

「うーん……」なまえは目を擦ってもう一度欠伸をしている。「手伝う?」とゆるゆる聞かれるが実はもうやってもらうことはほとんどない。

「よしよし、かわいいかわいい」
「かわいがるな必要以上に」
「んん……」

退け、とジョーカーは言うが、僕はまだ大丈夫だよ、と言い続けている。なまえはしばらく考えた後、起こしていた体をもう一度僕の方へ倒した。この重さと暖かさが心地よい。普段ジョーカーが彼女を手放さないで近くに置いている理由がよくわかる。

「おい、なまえ」
「うん」

すり、と僕の胸に擦り寄ってまた目を閉じる。「なまえ」とジョーカーが呼ぶがもうなまえからの返事はない。異常も問題もないとわかって安心したようだ。それでいい。そもそも、今回の件、僕はかなり頑張って用意したのだから、後のことはジョーカーがやっても理不尽ではないはずである。それに今日、僕は誕生日なわけだし、一日くらい、なまえを借りたっていいはずだ。

「……」
「あっ」

借りたっていいはず、なんだけどな。
ジョーカーはやはり耐えられなかったらしく、なまえの体を素早く持ち上げて持って行ってしまった。なまえは流石に目を覚まして「うわっ!?」と驚きの声を上げている。

「あ、あれ、ジョーカー。な、なに?」
「一番は俺だな?」
「いちばん? なんの話ですか?」

あーあー、大人げない。そんなの見たらわかるのに。なまえは解説を求めて僕の方を見る。僕は立ち上がってなまえに小さな鍵を渡した。

「ジョーカーの話はおいておいて、これね。僕たちからのプレゼント」
「プレゼント? なんのですか?」
「ホワイトデーだよ」
「あ、お前、まだ」
「いいじゃない。後の準備は三人でやったら」

僕から受け取った鍵を手の中でくるくると回すなまえを、ジョーカーは抱え直して歩き始める。僕らが向かうのは秘密基地の更に奥。増設した一つの部屋の前だ。

「あれ? こんな部屋あった?」
「ここがプレゼント」
「プレゼント……?」
「大事に使えよ」

ジョーカーに降ろされて扉の前に立つ。伺うようにこちらを見るから「開けてもいいよ」と背中を押した。なまえは恐る恐る鍵を差して扉を開ける。本当にただのプレゼントだ。何の心配もいらない。監修は僕とジョーカー。喜んでもらえる自信もある。

「わっ……!」

部屋の壁にはびっしりと本棚が敷き詰められていて、奥に椅子とテーブル、それに人が一人沈めるようなクッションが置いてある。所謂、書斎、という奴だ。本棚はまだほぼ空っぽだが、これからなまえが埋めていけばいい。

「え、これ、くれるんですか? ば、バレンタイン、ただのチョコレートだったのに?」
「ただのチョコレートではないでしょ? 君が苦労して買ってきてくれたやつだもの」
「苦労っていうか、楽しんでいたので、苦労、では」
「いいから貰っとけ。おら、ソファに沈んではしゃいで来い」

そう言われてははしゃぎ辛いだろうが、なまえは言われた通りにソファに沈んでふわふわしていた。一通り感触を確かめると戻ってきて、改めて「ありがとうございます」と頭を下げた。

「お兄ちゃん。おすすめの本教えて」
「よし。今から一緒に買いに行こうか」
「オイコラ」

妹というものについてイマイチよくわかっていないなまえがぴとりと僕の腕を抱くと「だからそれは兄妹の距離感じゃねェって言ってるだろうが」と引き剥がした。そうは言うが、きっと親しい人間との距離感の基準は君だから、仕方がないんじゃないか、と僕は思う。

「ふふ」

ジョーカーに頬を伸ばされながらも幸せそうに笑うなまえを見てしまうと、結局、僕たち二人は後のことはどうでもよくなってしまうのだった。喜んでもらえて良かった。それはそれとして、今日一日はなまえは僕の妹だから、そこのところはよろしくね。


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20200301:モンペ化が進みすぎている気がしなくもない。

 

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