桜の木の下で・前/52


「おとなになったら、けっこん、しよう」

それは約束でもなんでもなかった。



52はじっとこちらを見て私からの色の良い答えを待っている。「明日、二人で花見に行かないか」と言う誘いだ。二人で。二人きりでとしきりに言うが私たちは幼馴染ではあるけれど、付き合っているわけではない。
学校で話をすることはあまりないが、通学路で二人になったら、だとか、お互いの兄同士が仲が良いのでついでに遊びに来るだとか、そんなこんなで交流は多い。今日は、買い物をした後、部活帰りらしい52に捕まった。

「明日?」
「明日が駄目なら、明後日でもいい」
「花見?」
「花見が嫌なら、映画でも美術館でもいい」

52が気付いているかどうかはわからないが、それはつまり、二人であればどこでも構わないと言っていることになる。
ちなみに、先週も全く同じ誘い文句で遊びに行こうとしていた。先週は女友達と遊びに行く予定があった為断っている。今週は何も無いが、どうしたものか。
考えている間にも52はどうにか私を引っ張り出そうとあれこれ声をかけてくる。

「いつもの公園じゃなくて、もうちょっと遠出して、知ってるか? 桜のシーズンは出店なんかが出てる公園があって」
「……」
「あ、いつもの公園がいいならそこでも」

私がこうも渋るのには理由がある。この男は私に対しては(何故か昔から)こんな感じだが、学校内では一番モテている。小学校からその気配はあったが、中学後半、高校に入ったら頭角を現しとんでもないモテ男となってしまった。私がバレンタインに彼にチョコレートを渡すことさえよく思っていない人がいるくらいだ。そんなものと、不用意に街を歩こうものならば……。次の日の質問攻めや他クラス下手をしたら他校の女子からの視線が痛いこと痛いこと……。わざわざそれを52に言うこともないが、私はできることなら高校生活は平穏無事に過ごしたい。

「……嫌か。俺と出かけるのは」
「嫌って言うか、嫌じゃないけど」
「嫌じゃない?」
「四人じゃ駄目?」
「兄貴と、リヒトと?」
「そうそう」

兄同士の遊びに付き合ってと言う話ならば幾らかは穏やかだ。穏やかなんだけどなあ。52はしょんぼりと声のトーンを落として「二人がいい」と譲らない。今にも泣きそうな顔で俯かれて心が痛む。別に嫌なわけではないけれど、だって、ああ、もう。

「わかったわかった……、行くから……」
「! 二人で!?」
「うん、二人二人」

よし、と心底嬉しそうに笑うので私は良かったやら悪かったやら。誰かに見られたら一週間くらい学校を休もうと心に決めて52から語られるデートプランを聞いていた。いつまで経っても幼馴染離れできない男である。

「じゃあ、明日迎えに行く」
「あー、現地集合にしない?」
「駅も一緒だろ!」
「現地集合」
「迎えに行くからな!」

少しでも目撃されるリスクを減らしたい私だったが、結局、泣きそうな顔で粘られて「わかった」としか言えなかった。



「おとなになったら、けっこん、しよう」

それは約束でもなんでもなかった。
私はぱっと隣を見て考える。何を考えていたかは忘れたが、言った言葉は覚えている。

「そういうことは、かんたんにきめたら、だめ、だとおもう」
「だ、だめ……?」
「うん」

それだけ答えて作業に戻った。その時やっていたのは、パズルだったか積み木だったか絵だったか、本を読んでいたのかもしれない。隣がやけに静かだなとちらりと確認してぎょっとする。「えっ」静かに音もなくぱたぱたと涙を流す52に「だ、大丈夫?」と聞いた。誰が泣かせた? 私? なんで? 分からなくってとにかくハンカチで涙を拭うが、全然泣き止む気配がない。

「わたしのせい?」
「ちがう」
「なら、なんで」
「ちがうっ……ぅ」

とうとう声を上げて泣き出して私はどうしようもなくて呆然としていた。先生が駆け込んできたのか、兄達が駆け込んできたのかこれも忘れたけれど、私が断ったから泣いたのだと知ったのは随分あとの事だった。
あの時から、彼の涙が苦手だ。

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20200229

 

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