20200220/パーン


予想外の妨害に会ってギリギリになってしまった。私は待ち合わせ場所でパーン中隊長を見つけて大きく手を振る。目の前に走って行って軽く胸を押さえる。

「ご、ごめんなさい。ギリギリになってしまって。待ちましたか」
「いいや。俺も今来たところだ」
「あ、これ普通逆ですね本当に申し訳ない……」
「ピ……気にしないでくれ」

オフでも笛は持っているのか。いや、能力を使う上で大切なものだろうから、特殊消防隊の隊員としてはいつでも能力がつかえるように準備しておくのは普通のことなのかもしれない。うーん。流石に訓練校の教官を務めていただけのことはある。

「あー、と、その」
「? はい」
「洋服、とてもいいな。綺麗だ」
「きっ……!?」
「いつものスーツも好きだけどな」

き、き、気合入れて来て良かった……! キレイだなんてそんなそんなと言いながらも最終的には嬉しくて「ありがとうございます」と笑った。ううん最高に平和。この人の恋人になれる人はきっと幸せだ。

「髪もいつもとは違っていいな」
「う、流石に褒めすぎですよ、パーン中隊長」
「そうか? 俺はなんだか嬉しいよ」
「ひえ、ひょっとしてパーン中隊長。巷で噂のスパダリという奴では……?」
「ダーリンって呼んでくれるのか?」

ピ、と笛の音がする。にやりと笑うのとてもずるいのではと私はあまりの破壊力に目を逸らした。「勘弁してください」と茹蛸になるしかない私の髪が乱れない程度に頭を撫でられて心臓は既に爆発寸前だ。

「そろそろ行くか」
「はい」

自然に手を差し出されてまた、ぐっと胸の奥が圧迫される。え、え? つ、掴んでもいいのだろうか? そんなことをしたら完璧に恋人に見えてしまうが? 私がぐるぐる考えていると反則ギリギリの角度で首を傾げる。

「嫌か?」
「とんでもございません。謹んで掴まらせて頂きます」

パーン中隊長に手を引かれて連れて来て貰ったのは、大通りに面したおしゃれなカフェだった。「ピピが美味いらしいぞ」「なんです?」といつも通りのやりとりをして店に入った。ピザが美味しいらしい。



幸せとはこういう瞬間のことを言うのだろう。
ピザを頬張りながら「んー」と頬を手のひらで押さえる。これだけで来た甲斐があるというものだ。めちゃくちゃに美味しい。先立って運ばれてきたお花の浮かんだ茶もとても美味しかった。私はこんなに穏やかな時間を過ごさせて貰っていいのだろうか。紅には悪いがこちらのほうが私の性には合っている。

「デザートも評判なんだが。よかったら食べないか?」
「食べます。ちらっと見えたデザートメニュー可愛すぎて眩暈がしそうでしたもんねえ」
「はは。そうか。パフェが人気だが、日替わりのデザートはパンケーキだそうだ。季節のフルーツ全部乗せ……、期間限定品だな」
「パンケーキ……! 私あの、ホイップクリームがとんでもなく乗ってるやつ憧れなんですよねえ」
「ああ。前に話していたな。食えるぞ」
「ええええ、パーン中隊長は神様だった……? あ、でも、ピザにパンケーキいけるかな。いや、いけたとしてもそれって炭水化物炭水化物にならないか……。食事的には大変に偏っているような……」

実際パフェもとても気になる。いちご。チョコレート。クリームブリュレパフェなんてのもある。うっわ今日の内に五回くらい来たい。

「どれが気になるんだ?」
「パンケーキと、パフェですね……」
「クリームブリュレか?」
「あ、はい。正解です。うーーーーーん、パフェにします。ケーキもあるみたいですがそれも見始めたらちょっと、二つ頼むか考え出しそうなので」
「気に入ってくれてなによりだ」
「超絶気に入りました。間違いなくまた来ます」
「そうか。来たくなったら俺も誘ってくれ。実は他のメニューも気になっていてな」
「是非! 次来た時は石焼オムライス頼みたい……」
「もう決まっているんだな」

ピザも二枚くらいいけるのでは、という美味しさだったが、デザートも頼むのでぐっと我慢だ。私が選んだのはスタンダードにマルゲリータだったのだが、エビマヨネーズと最後まで迷った。迷いに迷った後決めたのだけれど、パーン中隊長がエビの方を頼んでくれて、結局どちらも味見できた。二人で来るとこういうことができるから楽しい。
そしてデザートを注文するパーン中隊長を見ながら飲むお茶はこんなにも美味しい。

「ブリュレパフェと、パンケーキを」
「!?」

かしこまりました、なんて笑顔で去って行くお姉さんとパーン中隊長とを交互に見る。

「え、あの、パーン中隊長、パンケーキ食べるんです?」
「ああ。もちろん、なまえも食ってくれていいぞ」
「め、めちゃくちゃ優しいじゃないですか……、好きなの頼んでますか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だっピ、と、流石に店内ではやめておいたほうがいいな」
「あはは。私は面白くて好きですけどね」
「……実は」
「?」

す、とパーン中隊長はテーブルに肘をついて、悩まし気に指を絡める。その更に奥にある瞳が、私の見間違いでなければ、幸せそうに揺らめいている。こんな人にこんな顔で見つめられてどきりとしない女の子が果たして居るだろうか。

「今日は、来てくれないと思っていたんだ」
「え、いや、そんなわけなくないですか。パーン中隊長一か月前から言ってくれてたじゃないですか」
「だが、今日は君の幼馴染の誕生日だろう」
「紅ですか……、いや、その、その件は昨日まで忘れてたっていうか……」
「そう見えたから不安だった。思い出したら、そちらを優先するだろう、と……」
「し、しませんよう。約束したじゃないですか。今日ご飯行くって……」
「それもそうだが。まあ、だから、俺的には、この日、君を連れ出せただけで満足だ」
「えええ……、パーン中隊長ぉ……。私なんか美味しいもので釣って頂ければいつでもお供しますよ……」

ああもう。なんて人だ。格好良いとはこういうことを言う……。本当にどうして私が誘って貰えたのかわからないくらいだ。今度なにか別でお礼をしよう。ん? あれ、ならばパーン中隊長は、今日が紅の誕生日とわかっていて今日を選んだのか? とするとやや意地が悪いような。いや、個人的には(やばい宴に参列しなくて済むから)有難いが……。

「まさか、最強の消防官と同じ誕生日とは思わなかったが」
「え……」

誕生日が同じ。
何故わざわざ紅の誕生日など知っているのかと思ったらそういうことか。データベースには資料がある。まったくなんの関係もない日ならともかく、同じ誕生日なら覚えていても不思議ではない。
そうか、誕生日が紅と同じ。
誕生日が、紅と、同じということはどういうことだ。紅の誕生日は今日で、紅の誕生日が今日ということは、パーン中隊長の誕生日も、今日、と、言 う こ と で は ……。

「お、お誕生日、おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」

に、と笑われて死にそうになる。う、嘘だ。仲良くしてもらってるのになんで私はこの人の誕生日を知らなかったんだ。この人は私の幼馴染の誕生日すらご存知だというのに。

「な、なにか、この後、プレゼント、えっと、パーン中隊長好きなもの、あ、健康グッズとか、料理関連のものとか、他に欲しいものとかあれば、それ、を」
「この後もいいのか?」
「それはもちろん。今日なんか浅草帰ってもろくなことはないですよ」

ああ、しまった。私はバレンタインを乗り越えて全くすべてを忘れていた。特に今年は甘いものがキライな癖に「手作りのチョコレート」と誰に吹き込まれか知らない知識で持って私を追い回し、仕方がなく作り上げると「返事は一月後に」などとわけのわからないことを言うので、その場で奪い返して白いチョコペンで『義理』と書き込んだのは記憶に新しい。いや、今は紅のことは良くて。「好きなもの、欲しいものか」

「今不足しているものは特にないな」
「う、ですか? ならどうしようかな、自分では買わない高いものとか」

あとは浅草の、原国の、何がいいんだろう。お酒。いやいや紅じゃないんだから。手ぬぐい? あ、調味料とかは珍しいかもしれない。その線で攻めてみ「今日は、」ぱ、と顔を上げる。

「今日は一日君を独占させてくれないか」
「へっ」

頬が赤いまま、無邪気に微笑まれて背骨のどれかが爆発した。パーン中隊長がイケメンでスパダリなのは知っていたがまさかここまでとは思わなかった。追い打ちをかけるように私の手にきゅ、と触れる。

「君が好きだし、君が欲しい」

お待たせしました、とデザートが運ばれてきてパーン中隊長はぱっと手を離す。「食べるか」と笑う。いやいや。え。待ってくれ。待って。私は「あ、はい。食べましょう」と声を出すことに成功はしたが、いくらパフェの中のアイスを口に入れても顔が冷えない。

「こっちのも食うだろ」

などとパンケーキを刺したフォークを差し出されて私はごくりと唾を飲み込んだ。生クリームをこれでもかと付けてくれて愛を感じる。「ほら」と言うので私は口を開けてパンケーキを貰う。もうなにがなんだかわからない。わからないって言ってるのに。パーン中隊長はふ、とおかしそうに笑って私の口の端に付いた生クリームを指で拭った。当然のように自分で舐める。

「もっと食うか?」

ノックアウトだ。こんなことまでされてしまったらしばらく熱は引きそうにない。



「改めまして、お誕生日おめでとうございました」

なまえは律儀にプレゼントを用意してくれたようで、重量のある紙袋を受け取った。

「ピピーッ、ありがとう。調味料か」
「はい。原国の……。よかったら使って下さい」
「使ってみたら味見を頼んでもいいか?」
「それはもちろん」
「後はそうだな。君さえよければ、使い方を教えに来てくれないか?」
「えっ……」

ここに至るまでにいろいろと葛藤もあった。彼女は幼馴染、新門紅丸について「あいつは本当に面倒で」などと言うが憎からず思っているのは明白で、恋ではないとしても、いつそういう関係になってもおかしくなかったように思う。勝てるのか、などと考えて誰の得にもならない遠慮をした日が懐かしい。
幼馴染がそうだから、なのか、原国の人間がそもそもそうなのか、口下手で照れ屋な知り合いが多いらしい。なまえはストレートな感情表現に弱い。綺麗だとかかわいいだとか、似合っているとか、細かい変化を指摘すると面白いくらいに反応をくれた。
そして、褒めている内に俺のことを「なんだか知らないけどめちゃくちゃ褒めてくれる良い人」と認識してくれたらしく信頼されている。この距離感も悪くはないが、そろそろ告白の返事も欲しい。

「え、っと、あの」
「ん? 駄目か」
「いえ、駄目ではっ」
「そうか。楽しみだ」
「う、あ、はい、勉強しておきます……」

新門紅丸大隊長には悪いが、なまえみょうじは俺が貰う。


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20200220:落差よ。先生お誕生日おめでとうございます。

 

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