20200220/紅丸


パーン中隊長には大変に申し訳なかったのだが、私は会うなり「すいません昼過ぎから急に予定が……」と床と頭とを平行にした。本当に本当に申し訳ない。し、私もつらい。「ごめんなさい埋め合わせは必ず……」などと話していると「むしろ、昼過ぎからでいいのか」と笑っていた。な、なんていい人なんだ……。
案内された店もとてもオシャレでセンスを感じた。早く帰ってやったほうがいいとは思いつつデザートにパフェまで食べてしまった。
浅草に戻ると「お、なまえか! 紅ちゃんがお待ちかねだぞ!」などと引き摺られていく。道中とっても。とっても。とっっっても良いお酒を一升瓶で手に入れて誕生日プレゼントとする。
こちらにも謝らなければいけないのだろうなあ、と言いながら宴会場になっている店へ着くとあちらこちらからどんちゃんどんちゃんと……。あ、どうしよう、無理……。しかも……。

「出来上がってるじゃん……」

にっこり笑顔はいつものことだが、酒を片手に紺さんに絡む姿はいつも以上に酔っている。こちらに気付いた紺さんが「なまえ……!」と私を呼ぶ。そんな風に、助かった、みたいに呼ばれても私は助けるつもりは毛頭ない。助けて欲しいのは私だ。今からその酔っ払いの相手をしなきゃいけない。
どうにか紅の腕から抜けて紺炉さんがこちらにやってくる。

「紺さん……。誕生日おめでとうございます」
「俺じゃねェけどな。ほら、紅が向こうで拗ねてる。行ってやってくれ」
「ハッピーバースデイ。これ、プレゼントです」
「おう。だから、そいつァ紅に……」
「じゃ」
「待て待て待て」

反転すると同時に肩を掴まれる。

「嫌です無理、私そもそもこういう宴会みたいなやつ苦手なんですよ」
「でも来てくれたんだろ。そんなこと言って帰ったら手がつけられなくなる」
「知りません、更に言えばそんなにお酒も飲めませんしあんな紅相手にしたくない」
「そこをなんとか」
「なまえ! なにしてやがる、さっさとこっち来ねェか!」
「すぐ怒鳴る……」
「大丈夫だ。お前さんが側に行きさえすれば黙る」
「はあ……」

はああああ。と二回に分けて溜息を吐くと、しょうがなしに紅の方へ行く。

「誕生日おめでとう。はいこれプレゼント」
「……おう」

じゃ、と反転しそうになるのをぐっと堪えて立ち尽くす。帰りたい。帰っていいか、と聞きたくなるが「さっさと座れ」と隣を開けられて言われた通りに座る。見ていた皆から囃し立てられるが紅にはもう聞こえていない。私の腰をぐっと抱き寄せて、今渡したばかりの酒瓶を開けている。
店の女将さんが「はい、なまえちゃんはこれだろ」とお茶を出してくれた。「ありがとうございます」紅に「それ茶だろ」と言われても「いやお茶割りだから」と誤魔化せるとても素敵な飲み物だ。

「酌」
「殺すぞこの野郎……」

幼馴染を顎で使いやがって。なにが酌だ。むっかつく……。さっきまでおしゃれなカフェでランチをしていたのが信じられない。数時間後には酔っ払いに絡まれているなんて。こうなればさっさと潰してしまう他ない。
文句は零れたが極めて大人しく言われた通りにお酒をつぐ。

「ん、」
「ああ、はいはい。乾杯」

かち、と杯を合わせてお互いに飲む。紅は「うめェな、この酒」と言っている。そりゃあそうだ。相当良いお酒だ。それが私からの誕生日プレゼントとは認識できていない気もするがまあいいか。すぐに継ぎ足すと、ぐい、と杯を近付けられる。

「お前も飲め」
「私は自分のあるから」
「あ? 俺の酒が飲めねェってか?」
「そんなテンプレな絡み方してこないで、笑顔で凄んでくるのもやめて……」
「そういやあお前、俺を放って他の男と遊んで来やがって。ありゃあどういうつもりだ? ええ、なまえ?」
「私のことはいいから黙ってお酒飲んでてよ。っていうか文句があるなら離して帰るから」
「帰すわきゃねェだろうが。お前は一生俺の隣に居ろ」
「嫌だよ……、ホントめんどくさいね紅は……」
「誰が面倒くせェだ!?」
「君だよ……、はい次、ほら飲んで、もうちょっと酔ったら一周して逆に静かになるの知ってるからね……」

面倒くさいが加速するが、その度に、誕生日、誕生日。今日はこの男の誕生日と呪文を唱える。忘れていた悪業だけは晴らして帰る。耐えろ。ぐっと黙っていると遠くから「今日何分持つと思う?」「いつもニ十分くらいだからな、そんなもんだろ」「だが今日は誕生日だぜ? 俺は一時間はいくんじゃねェかと思うね!」「なら俺は二時間」賭けをはじめるな。この男を持って行ってくれ。
「おい、なまえ」「なあ、なまえ」なまえ、なまえと呼ばれる度に酒を飲ませていたらだんだん大人しくなってきて、ぎゅうぎゅうと私を抱き枕のように抱きしめ始めた。肩に紅丸の頭が乗っていて大変に重い。

「なまえ」
「今度はなあに」
「それくれ」
「自分で食べなさいよ」

だし巻き卵を指さされて、私は溜息を吐きながら口に入れてやる。もぐもぐと口を動かしてその内また開く「あ」溜息を吐くと少しだけむっとして「まだ許してねェぞ」と言った。根が深い。あと人の肩で物を食うな。とっておきの洋服が汚されそうで気が気ではない。

「いい加減離れない? 肩重い。肩凝る」
「あ? 格好良い?」
「言ってない。肩。しんどい」
「ああ……、肩か」

大人しくどいてくれたと安心したのもつかの間、両肩を紅丸の手で掴まれてぶわっと冷や汗が流れる。

「やめろ! 離せ!」
「楽にしてやる」
「君自分が絶望的にマッサージヘタクソって自覚ある!? 頼むからやめ、やめてって、あいだだだだ、痛い、いったい! ほんとやめろ、やめ、やめてってばああああ、いたたたたた、助けて紺さあああああん」
「あ? また浮気か?」

どうにか紅の手を振り払うと、これは絶対に痕がついている。う、肩壊れるかと思った。もうよくないか。かなりがんばった。よし。もういい。肩も痛いし帰らせて頂こう。立ち上がると「おい、どこ行く」と紅がついてくる。「帰って寝る」「そうか」おや、やけに素直、と思うと、紅はひょいと私を抱き上げて、そのまま詰所へと歩いていく。は。は?

「ちょ、は、離して」
「寝るんだろ」
「家でね!? そっち逆方向!」
「暴れんな。危ねェ」

これは紺さんが気を利かせていたに違いない。すぐに眠れるように布団が用意されている。私をそこに放り投げた後、紅が覆いかぶさり三秒後には寝息をたてはじめた。好き勝手やりやがって……! と思うが、誕生日誕生日、と思い直す。
どう足掻いても抜け出せないので、諦めて、私も一緒に眠っておいた。



朝、なまえを見送った後、宴会がはじまったところまでは覚えているのだが、その先の記憶がない。故に、隣で眠るなまえについてもわからない。服は着ているが、何よりわからないのはその肩のあたりにいくつか付いた赤い痕だ。
しばらく寝顔を眺めていると、なまえがぱち、と目を開ける。「ん、んん? ん、ああ、そうか」となまえの方は全部覚えているらしい。布団から這い出すと「おはよう、紅」といつも通りに言った。

「お前、いつから居た?」
「昼過ぎからずっと居たわ……」
「……覚えてねェ」
「ああそう」

はあ、とため息を吐いて部屋から出て行こうとするので慌てて引き留める。昨日から居た? なんだかんだと律儀なこいつのことだ、ならば誕生日の贈り物くらいあってしかるべきだが。部屋にそれらしいものは見当たらない。

「おい、アレは」
「アレって何?」
「アレはアレだろ」
「はあ……? もしかして誕生日プレゼント? それなら君、昨日飲み干してたよ」
「は?」
「一升瓶空にしてた」
「覚えてねェ」
「でもあげた。紺さんとか皆も見てたから知ってるよ。紅、飲んでた」
「知らねェ」
「まさかこの期に及んで追加でなんか寄越せとか言わないよね……? 一晩私(の時間)をあげたからもう良くない?」

誕生日プレゼントに拘るつもりはないのだが、なんだって? 俺は一晩、なまえを貰ったのか? 俺はなまえにどこまでした? いや、肩に痕がついているところを見ると、いけるところまで行ったような気がしてくる。

「あ……?」
「あー、しんどかった……」
「おい、やっぱりそういうことなのか……?」
「なに?」
「その肩の痕」
「痕!? ほんと君は加減ってものを知らないね……」
「俺がやったのか」
「他に誰がこんなことするの」

そういうことらしい。
それならそれで構わない。記憶があろうがなかろうが、俺の方はもうずっと前から腹ァ決まってる。

「……責任は取る。安心しろ」
「? なんかよくわからないけど、私、本当に帰るからね」
「ああ」

この日、俺はすっかりなまえと結婚の約束をしたつもりで居たのだが、今度はホワイトデーに同じ男と予定を入れられて相変わらず届いていないのだと思い知る。し、この夜はなにもなかったらしい。せめてなにかしろよ、俺。


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20200220:おめでとう若。きっと甘い話たくさんあがるからヘーキヘーキ。

 

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