vsカリム_過去編04


「お、お邪魔します」
「はいはい」

なまえさんの部屋に来ると、「適当にしてて」と言われて。言われたが。座れる場所などベッドぐらいしかない。「あの、」「うん?」「こ、この、ここでいいですか」「いいよ」また、失礼します、などと言いながら座り、書類に向き合うなまえさんの後ろ姿を見ている。

「……」

話しかければ返ってはくるが、こちらを気にしてくれているという風ではない。恋人になったとは言えかなり無理矢理だ。と言うか、構われてしまったらそれはそれでいろいろともたない気もする。こうして用もないのに部屋に入れて貰えて、傍にいられるだけで十分でもあるような。
ただ、最終的には本当の恋人になりたい俺としては、ここで満足しているわけにはいかない。邪魔にならない程度に話かけたり、コーヒーを淹れてみたりと奮闘していた。
ほとんど俺から話し出すのだが、三か月が経過したあたりでなまえさんからもぽつぽつと話しをしてくれるようになった。元々、雑談というのが得意ではないのか、どの隊員がどうだったとかシスターとどこそこへ遊びに行ったとか、そんな報告みたいな話ばかりだった。
この日は、出動した現場についてだった。

「今日の、現場」
「は、はい」
「あの子、元々第三の管轄区で暮らしてたみたい」

なまえさんの言うあの子、とは今日焔ビトになった女の息子のことだろう。祖父母らしい二人に押さえつけられながら、涙を流してこちら、特殊消防隊に向かって叫んでいた。
人殺し、と。
なまえさんはその様子を痛々し気にぐっと噛み締めていた。傷付く、と言う程でもないのだろうが、話題に出すくらいだから気にかかっているのだろう。前に住んでいた場所まで調べて。俺は、なまえさんの言いたい事を考える。
第三特殊消防隊。あまりいい噂は聞こえてこない隊だ。

「あまり、良い対応ではなかったのかもしれないなと思って。いや、例えどれだけ良くたって、あのくらいの歳の子には人を殺しているようにしか見えないかもしれないけど」
「……そんなことは」
「ない?」
「ないとは、言い切って結論にはできません」

そうだね。とその話はそこで終わった。なんとなく同じ気だるさを共有して一緒に過ごす。
今日も今日とて書類を処理し続けているなまえさんは、適当な時に右手に置いてあるカップに手を伸ばし、ふと、新しいものに交換されていることに気付いた。俺は伊達になまえさんの背中ばかり見ているわけではない。コーヒーの濃さの好みや手が伸びるタイミングが大体わかるようになっている。動きが止まったから、持ってきていた菓子を取り出す。

「ちょっとの間少しだけ休憩どうですか? 貰い物ですが、菓子もありますよ」

俺が声をかけると、なまえさんはこちらを振り向いた。オレンジの灯りがなまえさんの顔を照らしている。やや呆れたような表情で俺を見ている。

「え、あー、お、怒ってますか?」
「いいや」

なまえさんは首を左右に振って溜息をつきながら言った。

「飽きないね、君も」

飽きるはずがない。まだ何も手にしていないのに飽きるとはどういうことか。なまえさんの言っていることはいまいちわからない。諦めが悪すぎることについて、呆れられたのかもしれない。
なまえさんなら、こういう状況で粘ることはないのだろうか。ああ、それは、なさそうだ。面倒になった時点で早々に諦めてしまいそうな感じではある。「幸せならいいんじゃないか」そんなことを言えてしまう人だ。
そんなことを言えてしまう人だから、きっと俺みたいなのに好かれてしまう。

「大好きですからね。しょうがないですよ」

菓子を持って立ち上がる、そっとなまえさんの隣にしゃがみ込んで、箱を開ける。

「好きなのどうぞ」

なまえさんはじっと俺の手元の菓子を見下ろしている。クッキーとチョコレート、ラスクが入った箱だ。なまえさんなら、どれを選ぶだろう。ラスクなんかは結構好んで食べているが、今日は疲れているようだしチョコみてえなチョコレートの可能性も。

「ありがとう」

はあ、と息を吐きながらさら、と頭を撫でられた。一秒に満たない短い時間。持っていったのはクッキーだし、一口で食ってた。

「あ、あの」
「なに?」
「今の」
「うん?」

ひょい、ともう一つ菓子を取られる。全部食べたっていいから俺のささやかな願いを聞いて欲しい。恋人なのだから、きっとこれくらいは。これくらいは許されたい。

「今の、もう一回して下さい」

なまえさんは三枚目のクッキーをごくりと飲み込む。

「あー……」
「……」

期待の篭った目で見上げていると、なまえさんはティッシュで指先を拭った。白い、細い指がくしゃりと俺の髪の中に入ってくる。
なまえさんは両手を俺の頭の上に置いて「よしよし」なんて頭を撫でた。「いい子」とこれは悪ふざけなのだろうが俺に効く。こういう悪ふざけが出来てしまうくらいに親しくなれたと言うことだろうか。それとも、こういうことができてしまうくらい意識されていないと言うことだろうか。どちらにしても現実はなまえさんに頭を撫でられている。う、と変な声が出そうになるのを体を震わせて耐える。犬のような尻尾があったら、全力で左右に振られているに違いない。どれだけ(なまえさんに少しでも良く見て貰おうとセットし直して来た)頭をぐしゃぐしゃにされても「もういい」とは言えなかった。

「好きです」
「はいはい」

部屋に戻ってもなまえさんの手の感覚が頭に残って、その日はなかなか寝付けなかった。


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20200219:大型犬になってしまう

 

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