わかってきたよ/紺炉


第八の大隊長は随分お節介らしい。連絡を取る度に毎度毎度「人出が足らなければいつでも言って下さいね、出張させますから」と言う。誰を、とは言わないのだが、実質一人しかいない。気のいい笑顔と親指を立てる姿が想像できて笑ってしまう。その言葉を聞く度に、桜備は心の底からなまえが紺炉と付き合い始めたことを祝福しているのだとわかる。恋愛に不器用な幼馴染に手を貸さずにはいられない様子が隠せていない。隠す気もないのだろう。
それはこちらも同じことで、第七の隊員も「俺たちのことは気にせず、いつでも第八から応援呼んで下さいよ」とやはり誰とは言わないが、そんなことをそわそわとした様子で言うのである。紅丸まで「そろそろ町の連中も落ち着いたんじゃねェか」とストレートに焚き付ける。
そんな折、蔵で遊んでいたらしいヒナタとヒカゲが服をホコリだらけにして走り回っていた。

「……蔵の掃除か」

呟いただけなのだが、紅丸は「いいんじゃねェか」と言いながら通り過ぎて行った。



仕事である、となればなまえは迷わず消防官の格好で詰所まで来て、「いいんですか。部外者ですけど」と方々から向けられている感情に気付かずに聞いた。紅丸は「構わねェよ。大したもんは入ってねえ」といつもの調子で「あとのこたァ紺炉に任せる」となまえと紺炉を蔵に押し込んだ。

「悪いな。こんな雑用頼んじまってよ」
「いえいえ、仕事で顔見られるのは普通に嬉しいですよ」
「……」
「じゃあ、やりましょうか」

素直というか迂闊というか、心を許した相手だと考えていることがそのまま口から出てしまうのかもしれない。普通はそんなことは思っても言わないと思うのだが。なまえは袖を巻くって掃除を始めた。こういう時、しばらく黙って固まっていると、流石のなまえも自分の言動を省みて「あれ、今もしかして変なこと言いましたか」と気付いてしまうので、紺炉は慌てて普段通りに振舞う。「ああ、さっさと終わらせようか」省みて反省して、ああいう発言を気をつけて控えるようになったら楽しみが減ってしまう。

「よし、っと……」

仕事、と名が付くと無駄がない。会えるのは嬉しい、と浮ついたことを言った口はきゅ、と閉じられて、一つ区切りがつくと背骨をぐ、と伸ばした。

「紺炉さん、このあたりの紙の束どうします? 見た感じ処分しても良さそうですけど」
「あ? なんだこりゃ。ったく、いらねェもんはすぐ処分しろって言ってるんだが。一昨年の新聞なんてここに入れたのは一体どこのどいつだ……、ん?」

紙の山をばらばらとめくると、ばさ、と一つ大きなものが飛び出て来た。「あ、」表紙には『FIRE FORCE CALENDOAR』とある。

「去年の七曜表ですね。それ、第八阿呆みたいなポーズしてるでしょう? 今年もどうやらそれ派生のポーズでいくらしくて……、実は最下位狙ってるんじゃないかって思うんですが……」
「そうだったか? 他の隊のはあんまりまじまじ見てねェからな……。そう言やァ、そろそろか……」
「第七は今年どうするんです? 去年は新門大隊長の隠し撮りみたいな写真でしたよね?」

特殊消防官ならば誰もが知る企画ではあるが、興味がなければ内容など頭に残らないはずだ。さらりと出てきたなまえの言葉がかちりとひっかかる。

「……よく覚えてるな」

彼女の言葉に深い意味は恐らくなく、紅丸の裸に興味があるとか、そういうことでないのはわかっている。例のごとくなまえは紺炉の微妙な男心にまったく気付かず、さらさらと続ける。

「あはは、そのカレンダー個人的に買ったんですよね。紺炉さんは第七の中隊長だからいると思ったんですけど、いなくてがっかりしたの覚えてます」

それもまた、不思議な話であった。そうかい、と軽く流しかけて、紺炉はすぐに不自然さに気が付いて考える。第七と第八が仲良くなったのはつい最近の話だ。去年など交流のこの字もないし、なんなら紺炉はなまえの存在など認識してすらいなかった。

「……待て。それは去年のカレンダーの話だよな?」
「え、はい。……あ」

なまえは今、去年、紺炉を目当てにカレンダーを買った、と、言った。
あ、ああ、となまえは細い悲鳴を洩らしながら顔を真っ赤にして頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。ああああ、と自分が吐いてしまった言葉を後悔している。
赤い顔のまま、紺炉を見上げる。

「い、今の忘れてもらえます?」
「さて、どうするか。忘れるには惜しい話だからなァ?」

再び膝に向かって悲鳴を上げている。紺炉はと言えば一瞬感じた嫉妬心などすっかり忘れて、上機嫌になまえを見下ろす。悪い気はしない、どころか、根掘り葉掘り聞いてやりたくて堪らない。

「アー……、いやあの、あー……、っと、……、」
「どういう事なのか、詳しく聞いてもいいかい」
「いや……、だから……、そ、それはあれですよ」

流石に顔は上げられない。なまえは膝の中に向かってぼそぼそと白状する。
私が、貴方を好きになったのは、最近の話じゃないって、ことに、なるんじゃないですかね。
蔵の中に、静寂が流れる。
なまえは勢いに任せて再び顔を上げた。涙目である。

「……ずるくないですかこの誘導尋問!」
「はは、先に口滑らせたのはそっちだぜ」
「う……、くう、こうなったらもう隠してもしょうがない……! 紺炉さん今年こそ脱ぐんだったら教えてくださいね! カレンダー買いますから! 三冊くらい!」

自棄になってぎゃんぎゃんと叫ぶなまえを見下ろしながら、いつもより若干低く色の強い声音で言う。極上の秘密を教えるようにこっそりと。

「……カレンダーでいいのか?」

「へ、」なまえは神妙な顔で固まって、じっと真面目に考え込む。「え……?」この時点で、紺炉は、どうやら自分の言葉の意味が真意通りに伝わっていないことに気が付き始める。どこでどう曲がってしまったのか。なまえからの言葉を待つ。

「それって、個人的に写真くれるってことですか……?」

なるほど。そうきたか。


-----------
20191025:第七ブロマイド欲しくない? 欲しい。

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -