いつもの光景/紅丸


浅草の出身にしては穏やかすぎるとは普段から言われているのだが、好きなことに熱中している時は特に静かだ。こちらから声をかけるか触れるかしなければ気付かない。隙だらけで無防備だが、……まあ、それもいいかと隣に座る。
今日もまた、凶器みたいな厚さの本を抱えて読み込んでいる。面白い読み物ならば読んでもいいが、この手の本は俺には合わないだろう。多分、内容は哲学だ。

今日もまた隣に座ったくらいではなまえの視線が上がることはない。茶でも持ってきたら良かったのかも知れないが、座ってしまったから改めて立つ気にはならなかった。紺炉あたりが気付けば気を利かせて持ってくるかも知れない。それを期待する程度でいいだろう。澄んだ水に包まれた視線が、本の文字をするすると追いかける。

本の内容によってだろう。僅かに動く唇に手が伸びそうになって慌てて反対の手で引き止める。触れたら邪魔をすることになるし、どうにも、こうやって、なまえを眺めている時間は、贅沢な時間である気がしてならない。

やや遠くに聞こえる街の賑わいと、風が通り過ぎていく音。それからなまえが丁寧にページを捲る音の中、空気のようにそこに居た。しばらくして、やはり茶でも持ってくるかと立ち上がると、何故か、頭を抱えて溜息をつく紺炉が言う。

「若……」
「あ?」
「声掛けなきゃ発展しねえよ……ッ!」

「チッ、うるせぇな」「デートにくらい誘ってみたらどうだ」「余計な世話焼いてんじゃねえよ紺炉」「いくらなんでもそれは慎まし過ぎだろう」などと騒がしくしたからやがてなまえが顔を上げる。栞を挟んで本を閉じて、こちらに気付いてひらりと手を振る。ひょこりと現れたヒナタとヒカゲがなまえの背中に飛び付いて、そのまま庭で鬼ごっこが始まった。


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20191006:第七ァ…。

 

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