vsカリム編08


そうだとはっきり自覚した日のことはよく覚えていない。
ただ、なまえとはどれだけ一緒に居ても苦しくないし、それどころか、なまえが隣に居てくれるだけで格段に生きていくのが楽になる。何が起きても、文句を言いながらも前を見ている。しょうがない、と言いながら足を前に出す。いつでもそうだった。そういうところを気に入っているし、迷いなく立っている姿には「ああ、こいつは俺よりずっと強い」と目を細めることしかできなかった。

「結婚、か」

できるわけがない、と返事をしながら少し、その未来について考えたのを覚えている。なまえとならば、きっとうまくいく。俺の言葉に怒ったり呆れたり、面倒くさそうに溜息を吐きながらも、いつまでも隣に居てくれるだろうと言う確信すらあった。なまえが他の男の隣に居るのは嫌だと思っていたくせに、俺の方からそれを言葉にすることはできなかった。久しぶりに顔を合わせた彼女は、そう。

「火縄」

そうやって、俺を遠ざけるように呼んだからだ。
先ほどまで、桜備大隊長と出かけていたようだが、なにか吹っ切れたのだろうか。強い瞳がこちらを見上げている。……、ああ、本当に、ずっと見ていたくなる。美しい目だ。
玄関先を一人で掃除している俺のところへ早速やってきて、なまえは言う。
残念ながら、愛の告白という雰囲気ではない。

「とりあえず、殴ったのはごめん」
「いや」

その瞬間こそそれなりにショックだったが、なまえが感情を爆発させて人を殴るところなど見たことがない。喧嘩はするが自分を見失うことはないと思っていた。だから今は、なまえがそんな風になってしまう程、それだけ俺はなまえにとって大きな存在だったのだと思えているから極めて大丈夫だ。

「俺の方こそ、適当に返事をして悪かった」
「あー……、いや、別にもうあれはいいって。忘れることにする」
「忘れるのか」
「忘れるっていうか、難しいな。とにかくあの件のことはいい」
「もう、俺とは結婚したくないのか」
「したくないっていうかだから、いやちょっと話させてくんない?」
「俺はなまえと結婚したい」

聞けって、となまえは言いたそうにしているが、流石にこの言葉には押し黙った。

「俺と、結婚してくれ」

他ではなく、俺と。
武久火縄を選んで欲しい。
なまえの話など聞かなくても大体わかっている。なまえの様子を見ていれば、カリム中隊長のことを今でも憎からず思っているのはわかる。わかってしまう。俺だって嫌われてはいないが、カリム中隊長は一度なまえを口説き落としている。強敵だ。このなまえの隣を今のところ唯一経験している男である。

「……だから、ちょっと、話を、」

なまえはがりがりと頭を掻いて俺を見る。俺はなまえを逃がしたくなくて箒を放り出してなまえの腕を掴む。なまえがこちらに傾いてくるような、そんな言葉は見つからなくて、ぐっと体を引き寄せる「っ、ま、待てって」何故、あの日の俺は、こうしなかったのだろう。……、こんなにも、なまえが欲しいと思っているのに。「俺は、本当に、」なまえが。なまえみょうじのことが。

「ちょっと待ったああああ!!!!」

……連絡を入れたのは、桜備大隊長か、それともなまえか。走って割り込んで来たカリム・フラム中隊長は、羨ましいくらいの真っすぐさと勢いとでなまえの両肩を掴み第八特殊消防教会中に聞こえるデカい声で言う。

「俺だって、貴女と添い遂げて結婚したい!!!」

なまえは眉間に皺を寄せてやはり、一つ溜息を吐く。俺はカリム中隊長の腕を退けながら、同じくらいの距離を取って、震える手をなまえに差し出す。こんなにも何かを欲しいと思うのははじめてだ。取られそうになってようやく思うなんて、遅すぎるけれど、もし、今からでもどうにかなるのなら。

「どうするんだ」

カリム中隊長も俺に倣ってなまえに手を差し出す。その手はやはり震えている。今すぐにでも、なまえの返事など聞かずに連れ去ってしまいたいと、そう思っているに違いない。俺もそうだからよくわかる。

「なまえみょうじは、世界に一人しかいないからな。選ぶしかないぞ」

なまえは俺とカリム中隊長を順番に見つめて、口を、開く。


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20200216

 

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