イイ男/52、ジョーカー


なんとなく目の前の雑誌の文字に焦点が合わなくて目を擦った。「視力落ちたのかな」眼鏡が必要、という程でもないが、時々見えていたものが見えづらいことがある。疲れているのかもしれない。
気にするほどのことでもないか、と雑誌を読み進めると、私の(ぴったり)隣で本を読んでいた52くんがずい、とこちらに近寄って来る。ただでさえ近いのでその綺麗な顔をそれ以上こちらに寄せないでおいてもらえると嬉しいのだけれど。

「なあ、なまえ」
「なあに?」
「俺は、イイ男だと思うか?」

イイ男だと思うか。いや、美形ではある。かわいい顔をしている。悪いということは絶対にないし、最近だとすっかり家事も覚えて全部こなす。イイ男かイイ男じゃないかと聞かれれば間違いなくイイ男、ではあるだろう。ただ。

「えっ、あ、ああ、う、うん。そうだね」
「! そう思うのか?」
「ま、まあ、うん、え、な、なに? 急に」

52くんはぐ、と表情を引き締めて真面目な顔をしていた。なんだ? 見守っていると、部屋着に手をかけ、ぐ、とあげて脱いでしまった。……いやいや!!!

「わあああああ!!? なに!? なんで脱ぐの!?」

下にも手をかけるので、その手を上から掴んで止めてこの奇行の理由について聞いてみる。52くんは大変に真剣な両目をこちらに向けて言う。

「イイ男は、視力に良いらしい」

なんだそりゃ。どこで聞いて来たそんなこと。「だから俺を見てくれ」なんでそうなる! 確かに君はイイ男だがその話! 科学的根拠は!? 見せて貰って私はどうしたらいいんだ! 目がよくなったかどうかなんてそんなすぐにわかりそうにない! こんな阿呆みたいなこと吹き込む人間は一人しかいない。まったく自分だと思って好き勝手やって! あの野郎今度ここに来たら文句を、と思っていると、足音が近付いてくる。丁度いい、今すぐに文句言ってやる!

「いやいやいや、待った。もうほんと。誰だそんなこと吹き込んだの! ジョーカー!? ジョーカー!!」
「なんだようるせえな。ん? また52に襲われてんのか」
「違う! ジョーカーでしょ、イイ男が目に良いとか言ったの!」
「目に良いだろ?」
「言い訳あるか!」

ジョーカーはふむ、とわざとらしく指を顎に添えて考えるフリをしている。いや、今こんな状況になった理由を考えてくれているのだろうが、彼の特性は悪ノリだ。その場の空気に合わせて事態を加速させる。
ジョーカーもまたコートを脱いで、シャツのボタンをはずし始める。アッという間に上半身裸の長髪片目の男になってしまわれた。駄目だこれ話にならない!

「なんで脱ぐの!? 脱ぐ必要ある!?」
「直接見た方がいいかと思って」
「だな。布越しじゃ効果が薄いかもしれねえ」

52くんはきょとんとしていて、ジョーカーはわざと真顔でそんなことを言う。

「ほら、よく見ろ」
「どうだ? なまえ」

なんで私は真っ昼間から上半身裸の男二人に挟まれなければならないんだ。なにはともあれこれ以上事態を悪化させるわけにはいかない。一人ずつならともかくとして、二人を相手にするのは大変なのだから。「もおおお……」

「!」
「あっ」

とりあえず52くんの頭をぎゅ、と抱きしめて暴走を止める。最近これをするとほわほわしながら擦り寄って来るので52くんはきっとこれで大丈夫。

「オイ、オイなんでそいつはハグで俺には何もねェんだよ。俺だって脱いだだろ」
「お願いだから服着てくれ」
「なまえ……!」
「擦り寄るな。そいつは俺のだって何度言ったらわかんだ」
「ってことは俺のだろ」
「クソガキが……!」
「52くんも服着てね」
「目、もういいのか?」
「もうなんかよくなりすぎて開けてらんなくなりそうだから大丈夫」

52くんはこれ本気で言っているから無碍にはできない。ジョーカーのはただの悪ノリだと私はよくわかっている。この話はこれで終わってほしい。どうにか落ち着いてくれたらしい52くんは私の腕の中で大人しくしている。
手に負えないのは大きい方だ。にやり、とまた何か思いついたようで楽し気に笑う。もう勘弁してくれ。

「いや。そんなにすぐよくなるわけねェだろ」
「ジョーカー。ストップ。そこまで」

嫌な予感。しかしない。

「そうだな。風呂でも入るか」
「風呂」
「水被ったら男もあがるだろ?」
「なに言ってるのほんと」
「そうか……!」

そうかじゃない。なにも納得するところはない。結託されると太刀打ちできない。特に52くんにノーと言い辛い。と言うかほぼ言えない。いやいやそんな弱気でどうする。私は勢いよく言い放つ。絶対に負けてはいけない。

「無理。二人でもギリギリなのに三人は無理!」
「……入ったことあるのか? 二人で」

墓穴の気配がする。私はなにをやっているんだ。「……」思わず黙ってしまった。

「何度かあるな」
「ずるい。俺も」

きゅ、と抱き付かれてしょうがないからジョーカーを睨み付ける。

「どうしてくれるの、ジョーカー」
「そうだな。責任取って三人で入れる風呂行くか」
「待った嫌な予感する待った待った待っ」

三人で入れる風呂? と52くんが繰り返す。駄目だこれ止まらない。私が諦めて溜息を吐くのと、ジョーカーが最悪の提案をするのは同時だった。

「ラブホだな」

これ、なんの話だったっけ。


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20200215;鉄は熱いうちに打った。平八郎さんネタかしていただいてありがとうございました。

 

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