20200214S/紅丸、紺炉


「おはようさん、なまえ」

朝のランニングから帰ってくると、紺炉さんは手を差し出しながらそう言った。いかにも何かをよこせと言いたげなその手のひらをしばらく見ていたが、いやいや、と首を振る。仮にあったとしても、今出てくるはずがない。走ってきた後なのだから。

「ないですよ」
「……今は、か? それとも今日の祭りには乗らねえのかい?」
「買ってはあります。ご飯の時にでも渡しますよ」
「紅にもか?」
「それはそうですよ……」

どっちかにしかあげない、ということはそれは、それはつまりそのまま答えになってしまう。私にはまだ答えを出す気がない、と言うか、そもそも恋をする気があまり起きない。紺炉さんの隣をするりと抜けて部屋に戻る。
腕を掴まれそうになったがそう何度も同じ手に引っかかる私ではない。最小限の動きで避けて「それでは」と手を振った。



朝食の準備をしていると、紅が(珍しく)目を擦りながら起きてきた。よろよろと歩きながら私の腰を抱こうとするのでひょい、と避けて「おはよう」と準備を続けた。

「おはよう」
「……」

呆れたことに、紺炉さんと同じことをしている。だから。なんで個人的にあると思うんだ。私はぴしゃりと「ないよ」と言う。

「ねェのか」
「後でまとめて渡すから待ってて」
「まとめて? 紺炉とか?」
「紺炉さん、ヒナタヒカゲ、あと第七の皆。ちなみにヒナタヒカゲ以外は皆同じ」
「……チッ」
「それより起きて来たならほら、手伝って」
「もう一回寝る」
「ああそう……」

そんな無駄な早起きがあるか。私が作業に戻ると、また腰を掴まれそうになるが、来るかもとわかっている攻撃を受ける私ではない。やはりその手には捕まらず、朝食の準備を進めた。

「手伝う?」
「寝る」

まったくもう。



朝食を終えて、皆にお酒入りのチョコレートを配って回った。ヒナタヒカゲには甘いやつをちゃーんとあげて、あと手元に残った箱は二つ。

「……なまえ」

なんだか静かすぎて嫌な予感がして来た。二人が来る前にまだ昼間だが明かりに火を灯しておいて、襲来を待っていた。
期待の込められた眼差しの二人に約束通りチョコレートを渡す。それで終わればいいが、嫌な予感は大きくなるばかりだった。二人同時に、右手と左手に同じ箱を持って差し出す。それを受け取るために、二つ、大きな手が伸びている。

「どうぞ」

一瞬だった。チョコレートの箱に伸びたと思っていた手のひらはチョコレートを素通りする。がし、とほぼ同時に左右の手首を掴まれた。こ、この人たち……!! そのまま引き寄せられて体が半分ずつ紅と紺炉さんに触れる。

「ちょっと!? 離して!」
「最近全く捕まらなかったからなァ?」
「おい、紺炉。離せってよ」
「お前が離してやったらどうだ?」
「二人ともですよ私まだ仕事があるんですけど」
「仕事くれえ俺がやっておいてやる」
「お前、細くなったんじゃねェか。働きすぎだ」
「なってない。離してほんと、っわ、ちょ、変なところ触らないで!」

いくら私でも紺炉さんと紅とに押さえつけられたら逃げられない。二人は空いている手で好き勝手私の頭やら尻やらを撫で回して、私の仕事の進行をしばらく邪魔していた。私の両手にはチョコレートの箱が握られていて、手首はそれぞれ掴まれている。逃げ出すには何かきっかけが必要だ。
二人の手の動きもどんどんあやしくなっているし、全力で抵抗しなければ。

「……」

火を灯しておいて正解だった。
私は能力を使って手元のチョコレートに火を灯す。ぼっ、と、包装紙は瞬く間に燃えて真っ黒になる。二人が驚いたところを力いっぱい後方へ距離を取る。

「何勿体ねェことしてんだ」
「中身は無事だよ。そういう火加減でやったから」
「そこまでして逃げる事あねェだろ」
「逃げるに決まってるじゃないですかほんとにもう油断も隙もない」

私は一応箱の中身を確認する。うん。全然無事だ。ここでの仕事はまだ残っているが、紺炉さんがやっておいてくれるらしいし、席を外させて頂こう。

「じゃあ後はお願いします。私今日は第八の女子会に呼ばれているので」
「なんだそりゃ。聞いてねえぞ」
「チョコでパーティするんだって。私もそれ用に用意してるし」
「ん? いや待て、そっち手作りじゃねェか」
「そうですよ。だって女子会ですよ女子会」
「俺たちを差し置いて手作り持ってくたァどういう了見だ?」
「だって二人はチョコレートいらないんでしょう?」

冷蔵庫から取り出したチョコレートケーキの紙袋に燃やした二つを放り込む。いらないのなら仕方ない。これも持って行って消費してもらおう。

「ま、待て待て。いらねェなんて一言も言ってねェだろ?」
「受け取りませんでしたよね?」
「それは俺のだろうが」
「受け取らなかったよね?」
「……」

人がせっかく波風立たないように気をつけて選んだのに。こんな罠に嵌めるようなことをするなんて許されない。そもそも、この二人はまだ何か勘違いをしているようだが付き合ってもいない女の子を拘束して体をまさぐるなんて最低だ。

「じゃあ行ってきます。今日は帰りません。猛省して下さい」
「……」
「……」

私がつかつかと詰所の廊下を歩いて、玄関に降り立ち、がらりと扉を開ける。後ろにくっついてきているが、ついぞ私を引き止める言葉は思いつかなったらしい。

「いってきます」

気をつけろよ、と言うようなことを口々に言って私を見送った。なにしてんだか。



まあ流石に可哀想かと、帰ってくると、ちゃんと(包装が焦げた)チョコレートを渡した。それだけで嬉しそうにしてくれる姿は可愛らしいと思うのだけれど、その感情のまま私に突進してくるのは本当に如何なものか。この人たちまったく反省してないな……?

「ハッピーバレンタイン、いつもお世話になってます」

この関係はまだまだ、動きそうにない。


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20200214:お疲れ様でした!ありがとうございました!シークレットがこれでいいのか!?でもこれです!ホワイトデーはやるかわかりません!上手く波に乗せて下さいよろしくお願い致します!

 

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