20200214/象
その日は不思議な一日だった。各部屋のドアノブにこっそりと引っ掛けられた小さな紙袋。開くと、数粒のチョコレートが入っていた。人によってアルコールが入っているものであったり、甘くなかったりと、しっかりと食の好みを知った上での犯行と思われた。
犯罪ではないが、気味悪がる者も多少居た。しかし、人によってはこれをした人間に見当がつくらしく、迷いなく中身を口に運んでいた。先に食べた人間に異変はないし、しかも美味そうにしている。なんだかんだと言いつつも、チョコレートを捨てる人間はいなかった。
「いやあ。よく働いたなあ」
なまえはそんな仲間たちの様子を遠くで眺めながら体を伸ばした。我ながら全員分とは恐れ入る。完全に自己満足である。
「なるほどな。連日連夜こそこそと何をしているかと思えばこんなこととは」
「おっと団長。こんにちは。なんの事ですか。私はいつも通りに仕事をサボっているところですよ」
「……そうか」
人通りは少ないけれど、皆の様子を見るにはちょうど良い場所がある。ちょこんとなまえの隣にショウが座った。しん、と静まり返る空間を気まずいと思うような殊勝な人間はここにいないが、なまえはもしかして怒られるのではとヒヤヒヤしながらショウのことを横目で見ていた。
「あー、怒ってますか?」
「何故」
「いやあ、仕事サボってますから」
「今はやることが無いだけだろう。そういう状態は待機していると言う」
「じゃあ、怒ってない?」
「そんなに怒っているように見えるのか」
「いいえ」
怒っていないのなら何か目的があるはずなのだが。なまえはへらへらと笑いながら考える。ただの気まぐれ、の可能性は薄い気がする。用事を言い当てられるほど自分はこの少年のことを知らない。「お前は」
「はい?」
「お前は食べたのか」
「チョコレートですか? そりゃああれだけ用意したら味見の十や二十していますからっと、いやいや、間違った。私も小さい奴を貰いましたからね。食べましたよ」
「やはりそうか」
(やはり……?)
ショウはがさがさとなまえが配った(と本人は認めない)チョコレートを取り出した。箱の中には草木をイメージした緑のクッションと、かつて地球にいたとされる動物。恐竜の形に固められたチョコレートだ。尻尾がちょっとかけている。食べたのかもしれないし、アローあたりに毒味をさせたのかもしれない。
そのチョコレートを両手で持って、真ん中でぱきりと二つに割る。
そしてその片方を、なまえへ。
「食え。お前の分だ」
「いやこれは団長に作ったやつで。っていうか真っ二つ」
「いいから食え。俺からお前へのチョコレートだ」
ぐいぐいとチョコレートを渡されて、頑なに断るのも失礼か、と受け取った。それにしても容赦なく割ったな。なまえは両手でその半分を受け取った。
「いやあ、はは、うーん。じゃあ、有難く」
どうしたものかと眺めていたが、ショウがじいっと宝石のような目をなまえへ向けて待っているものだから頭からぱきりと食べてみる。正直なところチョコレートはもう向こう一年くらい食べたくない。とは言え、受け取った手前そんな弱音を吐く気はない。
チョコレートの美味い不味いがわからなくなってきたと思っていたのだが、その一口は一層甘くとろりと溶けた。
「……団長」
「どうした」
「一体どんな魔法を使ったんです? 私が味見した時より美味しくなってますよ」
気のせいだ、と一掃される予感がした。チョコレートを『貰った』からと言って美味しく感じるなんて、自分も大概単純な。そして、わざわざ自分のものを(出所はなまえだが)半分分け与えてくれたというのが嬉しいと思っている。「あはは、これはすごい」素直に認められなくて精一杯におどけてみせる。
「いやあ、魔法まで使えたとは御見それしました」
誰も何も言わないでおいてくれたのに。わざわざ見つけてしまって。わざわざ隣に座って。
「は、」
一銭の得にもならない行事に身を投じた部下へ、ショウは言う。(あれ。今笑ったか?)あまり良く見ていなかったが、笑った、ような気がした。
「お前ほどではない」
ぱき、とチョコレートを砕く音がした。
言葉の意味を考える。いろいろと複雑な感情が内包されているようではあるが、つまるところ不味くはないと、なんなら美味いと、そう言ってくれているのだろうと解釈する。「ははは」なまえはまた中身があるのかないのかわからない笑顔で言う。
「それは、あれですね。どういたしまして」
幸せですか、などと聞く資格はどちらにもない。
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20200213:団長になっていたらうれしいというような。