20200214/カリム


カリムの様子がおかしい。なまえと目が合うと何か言いたそうに口を開くが、その後すぐに「なんでもねェ」とそそくさとどこかへ行ってしまう。なまえはその度に首を傾げる。タマキに「私どこかおかしい?」と聞いてみても「ううん。いつも通りだと思うけど」と言われて更に角度を大きくして首を傾げた。
ならばとフォイェンに聞いてみると「うーん、普通だと思いますよ」と言われた為、進むべき道はひとつになった。気になるのなら本人に聞けばいいのである。そして、本当に本人に聞いてしまえるのがなまえみょうじなのである。

「カリム中隊長。最近なんだかおかしいですけど私、ひょっとしてまたなにかやらかしましたか?」
「あ? ああ、いや、お前は。お前はなにもしてねェよ」
「じゃあ最近おかしいのは一体? 私、気にしなくても良いことですか?」
「……お前は、そういう奴だよな」

カリムははあ、と息を吐いて、正面に座るように言った。食堂で一人で昼食を取っていたところを捕まえたのだ。「お前は食わねえのか」「私はもう一時間くらい前に食べました」「そうか」時間稼ぎには失敗して、なまえはじっとカリムを見詰める。話しはじめるのを、待っている。

「お前、最近」
「! はい」
「なんか、やってるだろ」
「なんか……?」

何か、やって、いる。
なまえは自分の行動を振り返って考える。問題がありそうなことはしていない。カリムにあれこれ言われそうなこともしていない。心当たりがない、という顔をしているとカリムがぽつぽつと「夜」だとか「調理場で」と情報を並べる。

「ああ! チョコレート作ってます。よくわかりましたね。誰にも見つかってないと思ってたんですが」
「やっぱりか。お前から、チョコの甘い匂いがしてると思っ……」
「えっ、チョコの匂いついてます?」

すんすん、となまえは慌てて自分の体の匂いを確かめるが、自分ではわからないもので、なまえの鼻では知覚できない。カリムは自分の言ってしまった言葉に頭を抱えている。なまえは気にしていない様子で「チョコレート作ってたらまずいですか?」と聞いた。

「別にまずくはねえよ」
「はい。ちゃんと調理場の使用許可も取ってますし、使ったものは片付けてますからね。今のところ怒られてもいません」
「俺が心配してるのはそういうことじゃねェ」
「そういうことじゃない? ……、あ、料理できないと思ってますか? 料理ができなくても消防官ですからね。火事を起こすなんてことはありませんよ」
「そうでもねェ」
「なら何が気になってるんですか?」

そんなこと言えるはずがない。カリムはぎゅ、と唇を引き結んでなまえのきょとんとした目を見つめる。ここでもし「誰にやるんだ」聞いたとしたらそれはもう告白と同義だ。もっとさらりと聞いてしまえたらよかったのに、こんなに勿体つけたせいで余計に聞けない。
なまえはそろそろ、これは聞いてはいけないことだったのかも、と考え始めた。自分がなにかをやらかしたわけでないのならいいか、と思いかけていた。

「言いにくいならいいんです。私がなにかやらかしたのかもって不安だっただけなので」
「待て」
「?」
「バレンタイン、は」
「はい」

ここでなにも言わずに帰したらなんの進展もない。当たり障りのない言いようというものがあるはずだ。例えば。例えばそう。

「た、タマキ、にやるのか?」
「タマキ? いや、まあ、そうですね、あげますけど」
「他には?」
「他……?」
「やるのはタマキにだけか?」
「……その予定、ですね」
「……そうか」

いくらか安心した様子ではあるが、まだ何か言いたそうにしている。なまえはこの真面目な雰囲気がいけないのかもしれない、と不得手ながら流れの滞った空気を壊しにかかる。

「カリム中隊長もいりますか?」
「いっ、」

なーんて、とじゃれるような言葉を咄嗟に飲み込む。カリムの顔が明らかに赤い。視線を彷徨わせて、落ち着きなく指を机に打ちつけている。なまえはこれこそが『まずいこと』だったのでは、と恐々とカリムの言葉を待つ。上官に向かって気安くしすぎたか? 怒られるだろうかと不安になってくる。慣れないことはするものじゃない。いや、しかし、そんなことで怒るような人ではないはずだ。最近は随分仲良くなった。

「くれ、って言ったら、くれんのか……」
「それは、まあ。手作りって一切れ二切れできてくるわけじゃないですから。あげる相手が一人二人増えるくらいどうってことありませんよ」
「……」

ざわざわと、食堂はそれなりに賑わっているのに、このあたりだけやけに静かだ。

「なら、俺にもくれ」
「はい。じゃあ、用意しておきます。タマキと同じでいいですか?」
「……」

今度はおかしな声はあげなかった。タマキと同じで良いか。カリムはじっと考え込む。タマキはなまえの一番の友人だ。そのタマキと同じ扱いならば、異性で一番仲が良いということにはならないだろうか。だとしたらタマキと同じで良いのだが、できることなら。タマキのついでではなく、唯一の特別が欲しいと欲望には限りがない。
が、これ以上はなまえを困らせるだけかと頷いた。

「一緒の同じやつでいい。タマキの、ついでで構わない」
「わかりました」

なまえはこくりと頷いて力強く微笑んだ。

「カリム中隊長ともなればいっぱい貰いそうなのに、実はそうでもないんですか?」
「フォイェンやレッカ程じゃねェけど、それなりだな」
「ああ、あの二人……」

何一つとして察してはもらえない。そもそも、そんな可能性考えてもいないのだろう。呑気にチョコに埋もれる中隊長三人を思い浮かべて笑っている。カリムはどっと疲れてがくりと体の力を抜いた。抜いてしまった、からだろう。

「俺はお前から貰えればそれでいい」

言ってしまって自分で自分の言葉に驚いた。いや、だから、告白だこれは。思わずがばりと体を起こして居住まいを正す、なまえ、なまえの反応は。

「それは欲のない話ですねえ」

だよな。


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20200213:がんばれ。

 

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