一勝一敗一引き分け/紅丸


いつだかの七曜表の話ではないが、実際、縁側で本を眺めているなまえは絵になるし、野郎の裸なんかよりも、こういう写真の方が売れるのではないだろうか。
相変わらず読書中のなまえは平和の象徴みたいに穏やかにしている。実は、この集中状態の時、傍に寄っても気付かないのをいい事に、なまえの隣に菓子を置いていく奴もいる。
隊員だったり詰所に泊まってる奴だったり色々なのだが、なまえが本を閉じて立ち上がるため床に手をつくと、かさり、と菓子の包みが当たるのである。
一番はじめにやったのが誰かは知らないが、なまえは真っ先に俺に言いに来て「落とし物ですかね」なんて言った。どう考えても贈りもんだろ、と返した時のなまえの様子は今でも忘れない。
「そんなことが、あるんですね……」としげしげと菓子の包みを眺めて、「じゃあ、有難く頂きます。ありがとうございます」と頷いた。「俺じゃねェぞ」「差出人、書いておいてくれたらお返し出来るんですが」それでは礼にならないし、面白くもない。たった一回、たった一人がやっただけのことだったのに、それでも礼を言おうとしたなまえが菓子を送った人間を探そうとしたせいで、広まった。
最近、(俺のせいで)部屋で本を読んでいた為貰っていなかった様だが、そこにいなかった反動か、二日程は、菓子で小さな山ができていた。……中に、いかにもという風の手紙が混ざっており、勝手に処分したことは、なまえは知らなくても良い事だ。
それで、今日はと言えば。

「……」

なまえの膝の上で、ふわふわとした、白い塊が欠伸をしている。そのあと、猫は青い目でなまえをちらりと見上げて甘い声でひと鳴きする。場所と、それからなまえの手のひらが余程気に入ったのか、頭を撫でられると嬉しそうに擦り寄って、気が済んだら丸まった。
丸まった背骨を指でなぞり、小さな子供にするように軽く叩いて、読書に戻った。

「…………」

なまえとの時間は、格段に増えている。
夜はその日あったことや明日になれば忘れてしまうような他愛のない話をする。まだ同衾には至らないが、なまえも俺が触ったり隣にいたりすることに慣れてきた様子であった。大分、恋人らしい空気感と位置関係になったと自負している。

「……」

猫は気まぐれになまえの膝で眠り、喉を鳴らして撫でられている。時々爪を立てるのか、なまえがそっと服に引っかかった爪をはずす。あの図々しさは如何なものか。

「……なまえ」
「あ、紅丸さん。見て下さい、猫、迷い込んできたみたいなんですけど、すごくかわいいですよ」
「あ?」

こちらを見上げたなまえからさっと血の気が引いた。最近わかってきたのだが、なまえのこの特性を人の気持ちの動きに敏感、とするのはやや誤りである。なまえは、人の怒気であるとか不快感であるとか、負の感情に敏感なだけだ。
故に今も、俺が、あまり穏やかでいないことを察知して、大きく回り道をしながら不機嫌の理由を探ろうとしている。

「……あ、飼い主が心配してますかね? 抱えて散歩してたら見つかるかもしれません、私ちょっと、」
「……」
「……エエト、」

抱えて散歩。つい猫ごとなまえを睨んでしまい、なまえは小さくなって視線をさ迷わせた。自分ではわかりやすくて嫌になるのに、なまえは本当に、人に感謝されたり羨まれたり好意を持たれたり、そういう気持ちにひどく疎い。俺がその小さい猫に引くほど嫉妬しているなんて気付きもしないで焦っている。

「そいつはほっとけ。その内適当に家に帰る」
「ああ、そうなんですか。それならよかっ、」

どか、となまえの隣に座って、猫を軽く放り投げた後、かわりに膝を占領してやる。

「……、あの、ここ、人、通りますよ」
「通らねェよ」
「いや、通らないことは……あ」

いつからいたのか、紺炉が遠くでぐっと親指を立てるのを見て、なまえは人目を理由に俺を退かすのを諦めた。紺炉がそそくさと行動を起こして、すぐに人の気配と音とが、俺たちから遠ざかっていく。
猫は諦めずに、今度は俺の体に登って体を伏せた。なんてやつだ。しかし、まあ、なまえでないのならいい。それを見ていたなまえが可笑しそうに笑ったから、褒めてやってもいいくらいだ。
ふと、なまえがこちらに視線を落として、花にでも触るみたいに俺の頭に触れた。なまえから触ってきたのは、これが二度目だ。

「猫より、さらさらですねえ」

猫の毛と俺の髪とを比べた呑気な言葉は、今、俺が全く意識されていないことを示しているのだが、仕方がない。力が抜けて、自然体で笑うなまえを特等席で見れたと思って、今日のところは許してやる。


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20191023:猫はいいのか、そこにいてもって話。
ligamentさまからお題お借りしました。お題【気まま猫】)

 

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