20200214/紅丸


今日はばれんたいんっつって、意中の人間にちょこれいとを渡す日らしいですぜ。と、言われた。「へっ、妙な祭りもあったもんだな」などと笑い飛ばしたが、頭にはきっちり一人の女が浮かんでいるからどうしようもない。
あいつは、誰かに渡すのだろうか。

「……来てくれるといいですねえ」

その言葉にはしみじみとしたものが込められていて、思い切りからかわれた訳でもないから「なんのことだ」と否定することは出来なかった。

「うるせェ」

かと言って、そうだな、などと肯定できるはずもない。



詰所の入口に立つ。一人で来るのははじめてで、やや緊張しながら声をかける。

「ごめんください! こんにちは! 第八のなまえです!」

すぱぁん、と、名前の最初の文字で扉がしなるくらいに勢いよく開けられた。やや驚くが、開けた人はよく知っている人。新門大隊長だったのでほっとする。ああ、よかった。

「こんにちは。これ、良かったら食べて下さい」

こっちの、青い箱の方はそんなに甘くないと思いますから。と伝えた。他のは甘いから、第七のみんなで分けて欲しい。とも言った。言ったはずだ。ただ、新門大隊長にあまりにも反応がないから心配になる。「新門大隊長? 大丈夫ですか?」チョコを見下ろして固まっていたが、す、とようやく顔を上げた。

「お前、これ」
「チョコレートです」
「……そう、か」
「?」

ここ浅草でチョコレート配りの旅は終わり。手ブラの私の肘のあたりに新門大隊長の手がふれる。え、な、なんだ? 攻撃されている訳では無い。
つ、と手は上へ上へと上がっていき、私の頬を手のひらで包んでぴたりと止まる。

「あ、あの?」
「……せっかく来たんだ。あがってくか?」
「へ?」

正直一人で間を持たせる自信がないし、私の勘みたいなものが、やめておいた方がいいよといっている。



「い、いえ? あの、帰ってまだやることがあるので、今日は」
「……そうか」

無理に引き止めるつもりはない。そういうこと、ならば、時間はまたいつでも取れるはずだ。手のひらはそのまま、なまえの顔を固定してぐっと顔を寄せる。ちゅう、と唇に吸い付いて、細い体を抱き締めた。

「また近い内に遊びに来い」
「え、あ、え? なん、え???」
「どうした」
「あ、新門大隊長酔ってます?」
「あ? 酔ってねェ」

名残惜しいが体を離して、なまえの顔を見下ろした。驚いているのは、まあただ単に子供だからだろう。想いが通じているとわかればこのくらいのことは普通のはずだ。

「よ、酔ってない……?」

なら、なんで、となまえは呆然と俺を見上げていた。



今のは、一体?
なぜ私は突然新門大隊長にキスをされた上で抱き締められたのだろう。その上近い内に遊びに来い? 社交辞令にしてはやりすぎだし、気まぐれにしては気持ちが入りすぎている。

「門まで送ってやる」
「え、いや、い、いいですよ、お気使いなく」
「ああ? 水臭ぇこと言ってんじゃねェ」
「う、わわっ」

ぱし、と手を掴まれてするりと指が絡まる。え、ええ? なん? なんだ??? ま、まるで、私たちがとても親しい、なんなら特別な仲みたいな口振りだ。

「あ、あの? 新門大隊長」
「どうした。やっぱり飯でも食ってくか」
「いえ、いえそうではなく」
「チッ」
「(舌打ちした……)えっと、どう、したんですか?」
「あ? いつも通りだろうが」

いやいやいやどう見ても。どう見てもいつも通りではない。逆にどこがいつもの通りなのか教えて欲しい。どこもかしこもおかしいじゃないか。

「……ど、どこがいつも通りなんです?」
「あ?」

はっ、もしかして、チョコレートが死ぬほど嫌いだったとかそういう事か? 甘いものが嫌いなのは知っていた。甘いものの化身みたいなチョコレートは、箱も見たくなかったとか? だとするとこれはそんなものを二箱もよこした私への嫌がらせか? ああ、なるほど、そう考えるとまあ自然……、か? いや、しかしそれ以外にこの状況を説明できる仮説が立てられない。助けてリヒトさん。



「次はいつ来る?」
「へえっ? 次、次は、どうでしょうね、わかりませんけど」
「……まあ、そうか」

細くて直ぐに燃えてしまいそうな髪をひと房指に絡めて遊ぶ、なまえはシンラみたいな笑顔で俺を見ていて面白い。よほど免疫がないのだろう。
ぐに、と指先を頬に沈めると「痛いんですが」と色気のないことを言った。
どこもかしこもさらさらとしている、こういう所を好いている。こいつの隣は、瀬の傍で、水の流れる音をじっと聞いている時のような安らぎを得られる。



「連絡寄越せよ」
「え、あ、はい、行く、時には」
「来れなくてもだ」
「は、い……?」

なんだこれは? 私はなんという目に遭っているのだろう? さっぱりわからないまま、まあ次きた時には新門大隊長の機嫌も治って正気でないなら正気に戻っているだろうと、そのまま第八特殊消防教会へ帰った。
リヒトさーん、頭貸してー。



なまえが持ってきたチョコレートを眺めながら、繰り返し、触れたいと思っても触れないでいた、なまえの肌の感触を思い出していた。
思っていたよりもずっと柔らかかった。
俺の隣に積まれた二箱のチョコレートを見て紺炉が言う。

「なまえが持ってきたのか。律儀なもんだな」
「律儀?」
「今日は、世話になってる奴にチョコレートを渡す日なんだろ?」

……いや。
そんな話は聞いていない。

「……は? 好きなやつに渡す日じゃねェのか」
「ん?」
「ああ?」

……どうやら、俺たちはあまりにバレンタインという日について知らなすぎる。
いや、しかし、とは言え。なまえの真意がどちらであったとしても、俺が揺らぐ必要はない。

「紺炉。俺ァ今の話は聞かなかったことにする」
「! ちなみに、一月後にお返しってえのをする日があるそうですぜ」

さて、何を返してやるか。あいつは俺にどこまで許すのか、楽しみでならない。


-----------
20200211:全てを察する紺炉さんはいるぜ…

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -