20200214/パート


握りしめているのは期間限定のチョコレートフェアの冊子。オグンと頷き合った後、俺は食堂に向かった。一人で黙々と食事を取るなまえの前に立つ。なまえはこちらに気付いて「おはよう」と言った。「おはよう。ここ、いいか」「どうぞ」がたりと正面に座るが、会話はいまいち続かない。と言うより、なまえは食事中に話をするのが苦手なようだった。こちらから話をしないかぎり一言も話さない内に食事は終わるだろう。

「あー、あの、だな。今日は休みだったろ」
「そうだね」
「何か予定はあるのか?」
「うーん。まだ考えてるところ。外には出たいかな」
「そうか」
「うん」

食事中を選んだのはうっかり笛を吹いてしまわない為だ。なまえはこく、とコップの中の水を飲み込む。

「実は、俺も休みなんだが」
「ああ、そうなの。パートくんは何か予定あるの?」
「それ、なんだ」
「それ」
「俺と、これに行かないか」
「ん?」

す、と差し出した冊子を見て、すぐに「ああ」と顔を上げた。有名なイベントだ。説明が省けてなによりだった。「そういえばそんな時期か」と、他人事のような言葉にめげている余裕はない。

「どうだ?」
「これすごい人だって聞くけど……、普通に作って渡すじゃあだめなのかね?」
「て、手作り……、するのか……?」
「あ、いや違うか。自分のご褒美に買う女の子の方が多いんだっけ? それなら私も一つ二つ欲しいかもなあ。でも並んでまで欲しいかって話になると微妙だな。パートくん、なにか目当てがあるの?」
「ああ。実は一番人気の店に行きたいんだが、一人だとどうにも」
「確かに。そもそもブースにも入り辛そう。並ぶともなれば余計に居づらいか」
「! そ、そう。そうなんだ。なまえが一緒に行ってくれるなら心強いと思ってな」
「そういうことか。わかった」
「!」

いいぞとてもスムーズだ。食事中を選んだのは正解だった。何度か笛に手がのびかけるがここ数日いざと言う時笛で誤魔化さない訓練をオグンとしていた成果が出ている。このままいけば、今日はなまえと二人で外出できるのではないだろうか。
勢いのままに「だから俺と、」と続ける。「でも、」

「いくら私でも二人で行くのはまずいんじゃないの。彼女さん可哀そうじゃない」
「んっ!?」
「チョコレートあげるから買いに行くんでしょう? サプライズにしたいのかなんなのか知らないけど、それでも誤解されるようなことはできるだけしない方がいいと思うけど」
「い、いや、違う。そもそも俺に彼女はいない」
「? じゃあ、なんでわざわざ。自分が食べるの?」

強いていうなら、目の前の君と恋人関係になりたいし、チョコレートも君に貰ってほしい。と言うか欲を言うなら君から欲しい。そんなことが言えたら苦労はない。俺は断腸の思いで「そうだ」と頷いた。自分で食べる為、ということでいい。
畜生。どういうことだ。誰だ。なまえは甘いものが好きだからこういうイベントに誘えば二つ返事でオッケーだなんて言った奴は。オグンか。一体なんの根拠があって。

「ふうん。じゃあ、まあ、いいけど」
「いいのか!!?!」
「うわ、なに……?」
「あ、す、すまん。大丈夫だ」

心の中で大きくガッツポーズを決める。よし。チョコのイベントもまあ大切だが、その後にもどうにか二人で町を出歩いて、夜は酒なんかを飲んだらこう、いい雰囲気になるに違いない。

「どうしたらいい? すぐに行く?」
「一時間後に教会の正面でどうだ。準備できそうか?」
「わかった」
「よし。では解散」

なまえはトレイを持って片付けた後部屋に戻った。……とうとう、なまえとデートの約束を取り付けてしまった。どこかで見守っていたオグンはそそくさと俺の目の前の席、先ほどまでなまえがいた席に座り「どうでしたか!」と聞いて来た。俺は黙って親指を立てた。

「よっしゃあ!」

がんばってくださいね! 応援してますから! オグンはそう言って、気のイイ笑顔で笑っていた。イイ教え子を持ったもんだ……。



それにしても、なまえはどんな格好で俺と出かけるのだろうか。そわそわと待っていると、なにやら騒がしい声が近付いて来た。騒がしい?

「パートくん! そこで暇そうにしてるオグン見つけた! 連れて行こう!」
「は?」
「い、いやいやいや、なまえさん違う、違うんですよ俺は、俺は確かに今日予定はないけどそれだけは! それだけは駄目なんですって!」
「折角行くんだから三人で売り上げトップスリーの店の売れ筋それぞれ買って来よう」
「……」
「確かに一人で行くとなると並んでまではってなるけど、同盟組むとやる気でるね。で、買って帰って来たら三人であけよう」
「あー、なまえさん!? 聞いてますか!? 俺は駄目! しかもなんで別々の店行く前提なんすか!? 中隊長と一緒に回ってくださいよ!」
「なんで? このフェスって戦争でしょ?」
「……」
「いいよね? 人海戦術でもう一人二人いてもいいけど捕まらなくて」

俺は語るべき言葉を失って中身のない笛を吹いた。

「ピピピ……」
「いいって! 行こう!」
「絶対違う!」

それはそれとしてオグンはなまえの腕にがっしり捕まえられ、ずるずると引き摺られていて距離が近い。せめてそこに俺がよかった。
笛を咥えて、じとりと二人の後ろ姿を見ていることしかできなかった。


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20200210:実はかなり好きなんですよ。先生。

 

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