罪状:抱えきれない程の優しさ04


猫の里親は割合にすぐ見つかった。なまえの会社の同僚の男が、まとめて引き取りに来た。
丁度猫が飼いたいと嫁と娘とに強請られていたところだったんだって、となまえは俺に説明した。優しくて面倒見も良い人だから安心だ、となまえが言うので、まあそうなのだろうと思った。なまえの家まで猫を引き取りに来たそいつは確かに人がよさそうな顔をしていた。「元気でな」俺が言うと、賢い猫達は安心したように一鳴きした。「いつでも会いに来てやって」と男が笑って、なまえは「是非」と笑い返した。理由はないが俺はそっとなまえの背に隠れるように近付いた。
里親探しを手伝って、と言ったなまえだったが、俺がしたことと言えば、猫の写真を撮ったことくらいだ。玩具みたいに軽いカメラで数枚。あまり上手く撮れなかったと思うのだが、なまえは「うん、ありがとう」と俺の頭を撫でた。これをされると、体から力が抜けるような不思議な気持ちになる。……嫌ではない。
そして、この家は、なまえとたった二人だけになった。けれど、寂しいとは思わなかった。

「今日は買い出しに行こう」
「わかった」

なまえのことも、なまえの生活のこともわかってきた。週に二度休みがあって、今のところ、なまえは休みになると俺を外に連れ出して、近所に何があるとか困った時はどうするとか、ここはどういうところでこっちはこうでと話し続けている。
そのおかげでそろそろ一人で外出も出来そうだった。だから、買い出しくらい頼んでくれればいいのに、と思う。のだけれど、なまえがせっせと俺にコートだとかマフラーだとか、耳当てなんかを付けていくのを見るのが面白くて言い出せない。「よし」

「寒くない?」
「ああ」
「じゃあ行こう」

耳当てをしているとなまえの声がやや聞こえづらいので、少し歩くと取ってしまう。なまえは「さすがに暑いか」なんて笑っている。
なまえの隣を歩く。電車に乗って、少しごちゃごちゃした、高い建物の多い区画に来た。この辺りの店はきらきらしていて眩しいのだが、なまえがあまりにもふらりと入っていくので、なんでもないようなフリをして俺も続く。

「赤とか、緑とか、茶色のものが多いな」
「クリスマス前だからねえ」
「クリスマス」
「冬のお祭みたいなもの」
「ふうん」

テレビでもそんな話をよくしている。なにか特別な行事だということは知っているが、クリスマスと言えば、で紹介されるものが多すぎて、なんの目的があってやるのかはわからない。

「折角だから久しぶりに家でもやろうかな。クリスマス」
「……」

俺がいるから、だろうか。

「普段はやらないのか」
「ケーキくらいは食べたくなって食べるけどね。折角だし豪勢に行こう、豪勢に」

それがいいことなのか悪いことなのかわからない。しかし、なまえとなにかするのは嬉しい気がしてじっと黙る。さっきまで他人事だったクリスマスが楽しみになっている。

「手伝う」
「うん。じゃあ52には重要なお仕事を任せよう」
「わ、かった」

あまり難しいことはできるかわからない。でも、なまえが任せてくれるなら、やってみたいと思う。
……クリスマス、か。



クリスマスってなにをするんだったか、私はこっそりネットで調べた。できるだけそれっぽい方がいいが、部屋を丸ごと改造するようなことはできない。外にイルミネーションを見に行くのも、外食するのも悪くは無いなと考えたけれど、52は家にいる方が安心なのかも、と思うと、今回はまあ、家でできるだけ盛大に行くか、と言う方向性で固まった。
仕事の帰りにツリーを買ってきて、52に飾り付けを任せると、彼はしばらくツリーを眺めながら固まって居た。「手伝おうか」と言うと慌てて「大丈夫だ」と動き出した。「俺がやる」と。
私はと言えば予約したケーキを取りに行って、シチューを作ったりローストチキンを作ったり、出来うる限り考えつく限り豪華にした。
ちなみに、予約したケーキは52が選んだものだ。一緒に店まで行って、選んでいいよと言うとかなり悩んで、一番スタンダードな、ショートケーキを選んでいた。

「なまえ、ツリーできたぞ」
「じゃあ最後にこれ適当に巻いて」
「わかった」

イルミネーションは外には見に行かない。けれど、家でも見れなくはない。52がツリーから離れるのを確認して、キャンドルに火をつけて、ぱち、と電気を落とす。

「!」

赤、青、黄色、あたたかい小さな光が踊るように点滅している。うーん。我ながら頑張った。飾り付けをしたのは52だが、机の上に並べた料理は私作……、結構いいお母さんになれるのでは、なんて自画自賛してしまう。

「あとははい、これ」
「まだなにかあるのか」
「あるよ」
「クリスマスって忙しいんだな」

服やマフラーも買っているから、大したものではないのだけれど、簡易的にラッピングされた袋を渡す。52は袋に視線を落として固まっている。ふふ、と笑う。困った時にちゃんとその場で困っている、素直でかわいい子だ。

「クリスマスプレゼント」
「……プレゼント」
「そうそう、52に。開けていいよ。今すぐ使えるし」
「……」

がさがさと紙を広げて、中から取り出したのは通年で使えるスリッパだ。あまり可愛すぎてもなと瞳と同じ色のシンプルなデザインの物を選んだ。
52はスリッパを取り出して、ひっくり返したり手の中でくるくると回して眺めている。「これ、」続く言葉はなんだろうか。上手く言葉に出来ない様子で口篭るので、私が先に喋ってしまう。

「来客用のスリッパとか気の利いたやつなくって。裸足で歩かせるのも冷たいかなーってね」
「そんなこと、気にしないのに」
「良かったら使って」

言うと、小鳥でも扱うみたいにそうっとスリッパを床に置いて、恐る恐る足を入れていた。プレゼントとしては地味だが、どうだろう。

「なまえ」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」

部屋を歩く時は欠かさず履いているから、気に入ってくれたのだろう。



朝起きると、朝食の用意を手伝って、仕事へ行くなまえを見送る。玄関で一度ふりかえって、なまえは言う。

「じゃあ、行ってきます」
「ああ」
「何かあったら連絡してね」
「……毎回言わなくても、わかってる」

なまえはいつも通りに手を振って出ていった。……、この、なまえが居なくなったあと、しいん、と静まり返る家が少し苦手だ。今出ていったばかりなのに、帰ってくる時のことばかり考えてしまう。
ふと、玄関になまえが脱いで行ったスリッパがあるのを見つける。

「……」

なまえのスリッパの、その、隣に、自分用にと貰ったスリッパを並べてみた。俺はそれを、しばらくじっと眺めていた。


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20200209:冬編/12月

 

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