vsカリム編05


私は一人で居ることが多かった。第一特殊消防隊だった頃からそうで、その日は確か、何か書類を読み込んでいた。
ざ、と正面に誰かが立った気配がして顔を上げる。
顔を赤くして、じっと私を見下ろすカリムがいた。

「好きです」

私はさらりと「ごめん」と謝る。それだけだった。カリムは大事な後輩だったが、そんな風にみられるのは困ると、いつも以上に冷たく返した。これで諦めてくれればいいと私はカリムから視線を外し、何も言わず去って行く。その背中にもう一度、ごめん、と念を送った。
次の日は、どこだったか忘れた。

「付き合って下さい」

腫れた目で私を見下ろしてそう言った。「……ごめん」二回、三回と言われたことはあっても二日連続で来たやつははじめてだな。しかし、私に応える気はないので、それ以外の言葉はない。ごめん。私はやめておいた方がいい。と言うかやめてくれ。同じ隊でなんて面倒でしょう。
三日、四日と懲りずにカリムは私に告白を繰り返し、ついには二週間経っても私に好きだと言い続けていた。いや、いやいや。そろそろ見かけたら逃げ出すようになりたいのだが仕事がある為、そうもいかない。
二週間後、カリムは私の腰に巻き付いて、私に引き摺られながら言った。

「お願いします! 俺と! 俺の恋人になってください!」
「ならないっての! しつっこいな!」

一月後には改まって花束を持ってきた。

「本気です」
「いい加減にしろ」

二か月続いたところで(レッカでは話にならなそうだったので)フォイェンを呼び出して言う。これは上官命令だ。

「あいつ。なんとかして」
「ははは。カリムですか? 無理ですよ。俺は応援してますから」
「すんな。なんかおかしいぞ。もう二か月毎日毎日毎日毎日! 振るこっちの身にもなってくれない!? 精神病みそうなんだけど!」
「いっそ付き合っては?」
「付き合わないって言ってんだ!」

やってられねえ。味方はいない。バーンズ大隊長にまで「カリムは優秀だぞ」などと言われる始末。だからどうした。私にも気持ちの在処というものがあるだろうが。だってのに、そんなに嫌なら付き合えばいいとか、まだ恋人にならないのかとか好き勝手なことばかり言いやがって。

「けれど本当に、付き合えばいいんですよ」
「だからあ」
「まあ聞いてください」

フォイェンは指を立てて話始める。「カリムも、欠片もそういう目で見られていないことはわかっているんですよ」……その話が本当だとするならあの努力は本当に涙ぐましい。私でなければとっくに落ちているだろうに。

「付き合えれば、毎日毎日告白に来ることはなくなりますよ」
「そりゃそうだろうさ。でも付き合ったら恋人なわけでしょう。嫌だよ。私はその気ないってば」
「約束事を定めたらいいですよ」
「約束事」
「誓約、と言ってもいいですね。まず、表面上だけでもカリムの恋人になることを了承するんです」
「それで?」
「週に二度、カリムと二人きりで過ごす時間を設ける。言わば形式的な恋人の時間ですね。カリムは二人でいられさえしたら満足のはずですよ。もちろん、なまえさんの仕事の邪魔はしない」
「週に二度? 多くない? 二週に一度じゃ駄目?」
「せめて週に一回……、時間が取れなければ二時間とか三時間とかでいいんです。どうですか。たったそれだけでカリムは毎日告白して来なくなるし、もしかしてチャンスがあるのでは、と貴女を狙っている隊員も一掃できます」
「一掃て……、いやでも、そうか……、それは」

いいかもしれない。
と、阿呆な私はそう言って、そのタイミングでいつものカリムがやって来た。フォイェンと二人であった為に眉間に皺を寄せたが、相手がフォイェンだったからかそのまま「今日こそ付き合ってもらいますよ」と、にっ、と笑っていた。
二か月と四日目。私はついに。

「条件付きでなら、いい」

と。
約束事はたった二つ。フォイェンの提案した『週に一度の恋人の日以外に必要以上のふれあいはなし』それから『期間は私が第一特殊消防隊に居る間だけ』。この時点で第八に行くことになるとは全く予想できていなかったが、いざとなったら消防隊を辞めようと思っていたのと、私が戦線から外れることがあればそっといなくなろうという気持ちからだ。ついでに、恋人の時間とやらも私がカリムを構わなければそのうち飽きて別れたいと言い出すだろうと楽観していた。
カリムは泣いて喜んでいた。
こんな事務的な関係でそこまで喜ばれると困ってしまうのだけれど、それでも、私達は数年付き合ううちに本当に近い恋人になった、のだと思う。それは、カリムがとんでもなく努力をしたからだ。
本当に週一で私の部屋に通い、適当な雑談をしたり、隊の中で起こっていることを話したり、大して返事も返って来ないのに毎回毎回。

「なまえさん」

真っ直ぐ。その目が怖くなったのはいつからか。私では同じものを返せないと苦しくなったのはいつからか。
手に触れて、抱きしめて、果ては体を繋げるところまでいったけれど。

「大好きです」

私から、カリムに好きだと言ったことはない。
吐き気がするほど嫌な奴だ。第八に誘われた時、これで、あの目から逃げられる、と確かに思った。

狂気さえ感じるその目を、愛おしいと思っていたくせに。


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20200208


 

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