絵画のようだった君へ、後/紅丸


ぱた、と本を閉じて時間を確認する。具体的に何時とは言われなかったが、二十一時ともなれば夜と言えるだろう。
紺炉中隊長に言われた通りに紅丸さんの部屋に向かう、話がある、とのことだったがなんだろうか。何かやってしまっただろうか。軽く、ここ数日の素行について振り返るが思い当たるところはない。強いて言えば、同衾はまだ無理と叫びながら逃げてしまったことくらいか。
意を決して、数度ノックをしてから襖を開く。

「紅丸さん、居ますか」

窓を開けて涼んでいたらしい紅丸さんがこちらを確認して、一瞬だけ、ぴたりと動きを止めた。驚かれた、のかもしれない。

「……なまえ? どうした、何かあったか」
「え……? あの、紺炉中隊長に話があるみたいだから行けと」
「……ああ、そうだった。まあこっちに座れや」

紅丸さんは適当な座布団を手繰り寄せて、自分のすぐ隣に置いた。そんなに近くなくても良いのではというくらい近いが、視線の圧が強いから、大人しく座布団の上に座る。
これだけ近くに寄せるなら、別れ話とかではなさそうだとホッとする。……そして、別れ話でなくてホッとしている自分にも安堵した。

「それでええと、話とは?」
「話か……」

近付いた時点で覚悟はしていた。紅丸さんの腕がするりと肩に回り、指先は私の髪に触れて、遊んでいる。すこし、くすぐったい。

「……それは後でいい。今日は、お前、……何してた?」
「え……、朝は洗濯とか掃除とか郵便物の仕分けとか。修復状況の確認したり、資材発注したり。朝ご飯作ってヒナタちゃんとヒカゲちゃんと遊んで。帰りに買い出しして……。だいたいそんな感じでしたけど……、何か忘れてることとかありましたか?」
「いや。特にねェだろ」
「ならよかったです」
「……」
「……」

え、これ、一体なんなんだろう。もしかして世間話か……? だとしたらええと、あとやったことと言えば……。

「最近、本、読んでねェのか」
「本……? いえ、部屋でちょっと読んでましたよ。さっきも読んでて……」
「縁側でいいじゃねェか」

いや、縁側だと……。その先の言葉を少しだけ考える。今日、いや、最近の読書が縁側ではない理由、は。

「最近、肌寒いじゃないですか。だからですよ」
「……適当なこと言ってんじゃねェよ」

向けられたことの無い、やや怒気を孕んだ声に肩が跳ねる。恥ずかしくて俯いていたが、驚いて目を合わせてしまった。私は、怯えていたかもしれない。
紅丸さんはすぐ申し訳なさそうに頭をかいて、軽く私の頭を引き寄せた。額が、紅丸さんの胸に当たる。

「怒ってるわけじゃねえよ。気に入らねェなら、気に入らねェって言われてえだけだ」

つまり、怒ったのは私の言葉が嘘だとわかったからだ。思ったよりも、ここの人達は私のことをよく見てくれている。バレてしまうなら、無理に隠そうとも思わない。「俺のせいか」と静かに聞いてくれる紅丸さんに応える。

「……縁側で、まあ、見られているのはいいんです。ほとんど気が付きませんからね。でも、こう、突然髪とかを触られるのは、かなり、びっくりするんです。ほんとにかなり。だからその、本読んでいる時だけは触らずにこう、用があれば名前を読んで貰えたら、嬉しい、です……」

紅丸さんがどんな表情なのかは見えないが、胸がゆっくり上下するので、深く呼吸をしたことはわかる。

「そうか。悪かったな」
「い、いえ、こちらこそ……」
「なら、触らなければいいんだな?」
「え、はい、読書中はそうしてもらえると……」
「わかった。読んでる時は触らねェから、余計な気を回すな」
「ん、あの、はい」

その後は二言、三言なんでもないようなやり取りをして、「では、おやすみなさい」と部屋を出た。紅丸さんは「……おやすみ」と言いながら、いつもの挨拶のようなキスをする。私は逃げるように部屋に戻った。

「アッ、話って何だったか聞くの忘れた」


-----------
20191022:「すいません昨日は。なんの話でした?」「あれか……。今日の夜話してやる」「わかりました。同じ時間ならいいですか?」「ああ」「(……紅の奴、適当な事言って毎日通わせるつもりだな……! やるようになったじゃねェか……!)」

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -