vsカリム編04


いつも通りにした。はずだ。「おはよう」と挨拶もしたし。朝も寝坊せずに朝食を作った。目玉焼きの上に、有無を言わさずかけられている塩コショウに文句を言う奴もいなかったし、仕事でミスもしていない。だが、昨日うっかりつよくぶん殴りすぎた。火縄の頬にくっきりと手形が付いていて、ひそひそと囁く声がする。「あんなことできるのは、なまえさんくらいしか」その通りだ。その通り過ぎていっそ隠す気もない。
のだが、休憩時間は休憩がしたくて、屋上に登ってぼうっとしていた。
いやいや。
まあ。
殴ったのはやりすぎだったかもしれないからその内謝るとして。
なんだあれは。
付き合ってくれ? 好きだ? いやいやいや。勘弁してくれ。

「あ、いたいた。なまえ!」

煙草があれば吸いたい気分だった。そこへ、ヴァルカンと、その後ろからリヒトがやってくる。この二人、なんだかんだ仲がいいなあ。仲がいいのはいいことだ。今私の心に波風を立てまくっている話題を遠ざけながら二人に向かって手を上げる。

「火縄中隊長をフッた上でぶん殴ったっていうのはマジっすか?」

波風立ってるんだから、嵐の中に突っ込んでこないでくれ。
とは思うものの、いくら表面上はいつも通りでも、それが逆に違和感ということもある、か。話くらいは聞いてもらった方が今後スムーズかもしれない。
……それにしても、惚れた腫れたの話をするのに、どうして野郎二人に。
そんなことを考えていると、下の方から女子の声がしていた。火縄も一緒らしい。なるほど。女子組は火縄の味方というわけだ。誰も来なかったら拗ねてた自信があるし、まあ、これはこれでいいのかもしれない。ありがたいことだ。

「マジ」
「なんで?」
「ムカついたから」
「どうして?」
「なんか枕詞とかないのか君たちは」

やっぱりありがたくないかもしれない。完全に事情聴取だ。わかりやすくていいけれど、色気はない。あっても困るか。隠すようなことでもないしできるだけさらりと話してしまう。これはもう十年は前のこと。私達がまだ軍人でも消防官でもなかった時。

「プロポーズしたことがあるから」
「えっ!? だ、誰が誰に!!」
「私が火縄に」
「ほォ〜」
「そ、それで!? 火縄中隊長はなんて答えたんだ!!?」

その時の表情までくっきり思い出せる。言った言葉も一言一句違わないだろう。

「『できるわけないだろう』」

できるわけない。火縄はそれだけ言って寄越した。

「そ、それは、その、ええっと、ちゃんと、伝わってなかったんじゃないのか? いつの話だそれ?」
「学生の時」
「冗談だと思われたとか」
「かもしれない」
「本気だって言わないのか?」
「正確には、本気だった、だね。今は、まあ、あんまりあの日のことは思い出したくない」

今のところ、人生で一回きりの愛の告白だ。消防官になる軍人になると決まった時に、二人とも適当に生き延びて、もう少し大人になったなら、そういう相手は、火縄がいいと、当時の私は思っていたのだ。昔から若干面倒ではあったものの、他の相手と恋愛をしてどうのこうのって考えたら、私には火縄がいいと。
……だというのに、見事に、迷うことなく、一切の躊躇いなく「できるわけないだろう」だ。私は一週間くらい本気でふさぎ込んだし一人で泣いた。その日から武久と呼んでいたのを火縄に変えた。

「悪いね。気を使わせて」
「その、それ、改めて話し合ったりとかは」
「殴っちゃったことは謝ろうかな」
「それ以外のことはどうもしないんすか?」
「どうもしないっていうか、どうにもできない」
「できないのか?」
「カリム中隊長にも告白されてるんでしょ?」
「えっ、そうなのか!?」
「情報通か……?」

なんでそんなことまで知られているんだ。別に隠してはいない為「まあ、そうだね」と私は屋上で寝転がった。ムカつくくらいに真っ青だ。あの日の火縄みたい。
ヴァルカンとリヒトは私を挟んで座り込む。

「いっそあみだくじとかで決めちゃうとか」
「そうしたい」
「おいおい駄目だぞ! こういうことは死ぬほど悩まなきゃ駄目だ!!」
「そう思う」
「思考の整理に付き合いましょーか?」
「うん、頼んだ」

面倒臭いの一言を飲み込んで起き上がる。膝を抱えてあまり綺麗ではない床を見つめる。リヒトがゆらゆらと前後に揺れながら私に問う。

「火縄中隊長のことはどう思ってるんすか?」
「幼馴染だよ。一回はプロポーズまでしてるわけだからそりゃあ思うところがないわけじゃない」
「うんうん。そりゃそうだよな」
「カリム中隊長のことはどうです?」
「後輩。一番懐いてくれてたから可愛い後輩だよ。始まりは仕方なくだったけど何年間か付き合ってた。思うところがないわけじゃない」
「仕方なくでどこまでいったんだ?」
「一通り……」
「なにやってんだなまえ!!!!! 拗れるに決まってるだろ!!!!!!!!」

私は立ち上がってリヒトの向こう側に座り直した。

「おっしゃる通りですが、火縄が私を好きだなんて言い出すとは夢にも思っておらず」
「じゃあなんで第八に来たんだよ」
「頼られたのが嬉しかったのと、単純に新設のチームってのが面白そうだった。んだけど、火縄がすごい私の世話焼くじゃんね。正直本気で困ってた。昔はあそこまでじゃなかったし、どういう気持ちからなんだろうって何回考えても分からないし」
「それは昨日わかったからよかったじゃないすか」
「……」

どうしようもない状況にしてしまったのは私、なのだろう。カリムと別れていなければこうはなっていない。私がフリーでいた為に、こんなことに……。

「ん? じゃあ、カリム中隊長と別れる必要ってあったのか?」

流石に痛いところをついてくる。一番最初に定めた、第一にいる間だけ、の誓約はほとんど建前みたいなものだ。実際は。
思い出すのは真っ直ぐすぎる目と、熱の篭った、痛いくらいの……。

「あの子があんまり本気だから、ビビっちゃった」

救いようがない。こんなものを好きでいなくていいのに。と言うか、今すぐ憎んでくれないものか。なんなら殺されたっていい。ヴァルカンは溜息を吐いてとリヒトは愉しそうに笑っていた。

「自業自得じゃねえか」
「自業自得っすねえ〜」

その通りだ。

「じゃあまとめると、なまえさんは、カリム中隊長のことも火縄中隊長のこともそれなりに好きではあるけど、覚悟が決まんないからどちらも選べないでいるってことっすね」
「クソ野郎じゃん私」
「ド外道だな」
「いやいや悪女だなあ」

ヴァルカンとリヒトは暫く近くでぼうっとしていたが、休憩時間が終わると私を引き摺って事務室へ帰ってきた。
仕事は仕事だ。考えるのは、仕事をしていない時の私に任せるしかない。
……誰が決めてくれないかなあ。


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20200207

 

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