vsカリム編02


珈琲を啜りながらちらりと目の前に座る男の様子を確認する。案の定目が合って、ゆっくり逸らした。結構人が入っているから、程よい雑音がやや心を落ち着かせる。

「元気に健勝そうで何よりです」
「あー、うん。久しぶり。そっちも元気そうで。レッカのことは、」
「レッカのことは、今日はおいておきませんか」
「……」

報告は受けている。のだが、私はその件にはあまり関わっていない。しかし、第一特殊消防隊、と言うよりバーンズ大隊長からそのレッカの空いた穴を埋めに戻ってこないかと言われていた。
やんわりと断ると「そうか」としか言われなかったが、気にしていないわけではなかった。カリムを含めフォイェンもレッカも大事な後輩だ。新人だった頃に稽古をつけた記憶もある。処理しきれていない罪悪感をカリムにぶつけるというのも身勝手な話か、と息を吐いた。

「単刀直入にハッキリ言います」

これは私の蒔いた種だ。

「俺と、もう一度付き合って下さい」

コーヒーカップをソーサーに戻して息を吐く。

「……一番最初に『第一にいる間だけ』って言ったはずだよ」
「ええ。だから、一度は大人しく別れました。でも、これはその話とは関係ありません。忘れようとも思いましたが、一年経っても、全然色あせてくれないんです。一体どんな魔法を使ったんですか?」

まだ私が第一特殊消防隊だった時と、まったく同じ笑顔で笑っていた。どこか寂しそうで苦しそうで、それでも幸せそうな、強い気持ちを内包した笑い顔だ。私はいつもそんな顔をするくらいならやめればいいのに、と思って、実際に言ったこともあったのだが、終ぞ、彼が自分からやめると言い出すことはなかった。

「今度は真っ当に、俺を好きになってもらえるように努力します」
「いや、君は」

前から頑張っていたじゃないか、そう言いそうになってぐっと飲み込む。応える気はないのだから、期待を持たせるような言葉を使うべきではない。

「物好きめ……。話ってのはそれだけ?」
「はい。そのつもりでいて欲しくて」
「ちなみに返事はノーだよ」
「でしょうね。今日のところはそれでいいですよ」

……この男は、案外私のことをよく見ているし、よく知っている。もしかしたら、火縄よりも私の趣味とか考えていることは察してくれるんじゃないかというくらいだ。(歪んでいたとは言え)数年私の恋人をしていただけのことはある。

「貴女はしっかりちゃんと直接正面から伝えておかないと『聞いてない』って突き放せてしまう人ですからね。覚えておいてください。俺はまだ貴女のことが好きだし、そういう目で貴女を見ますから」
「それ言ってなんの意味があるの」
「俺を意識してくれるでしょう?」

に、と笑う。
自意識過剰、とは違う。経験則から喋っているので質が悪い。そりゃあそうだろう。どうして自分に好意を持っている(それも尋常じゃない執念深さの)異性を、全く気にしないなんてことができるだろう。気にしていないフリをしているとそのうち諦めてくれるから、そうすることが多いだけで。

「しないかもしれないよ」
「しますよ。しかも貴女は、俺がどれだけ貴女を好きか知ってるじゃないですか」
「諦めてくれない?」
「貴女が、本気で誰か一人を選んだら諦めます」

駄目だ。下手をしたら私よりも私のことをわかっている。抵抗は虚しく私はそっと黙るしかない。

「やることは同じですよ。貴女が面倒くさくなって俺でいいかと思えば、俺の勝ちです。貴女が面倒な俺を突き放してでも一緒に居たい相手が見つかれば、貴女の勝ち」

カリムは店にかかっている時計を確認して立ち上がる。時間はあらかじめ区切ってあった。時間一杯まで使うところがなんともこの男らしい。

「そろそろ時間ですね。行きましょう。送ります」
「いいよ。君より強いし」
「じゃあ、俺を送ってくれますか?」
「……なんか強くなったなあ」
「たまにしか会えませんから、一回一回を大事にしていかないと」

誰に盗られるとも知れませんし。と、カリムは言った。



第八特殊消防教会へ帰って来て職務を終える頃にはすっかり疲れ果てていた。今日の所は大人しくシャワーでも浴びてさっさと寝たい。頭を乾かすのもそこそこに自室へと歩く。それにしてもここに来てカリムか。一年以上経っているし、流石にもう諦めた頃かなどと楽観していたが。いや、楽観しきれないところがあったから第一には戻らなかったとも言えるけれど。
私には、どうしてあげることもできない。
諦めて貰おうと無理に構うのも違うし、怒っても仕方がない。
……、本当に、人の好意と言うものは、どうしようもない。

「なまえ」
「うわあ、火縄」

やばい、髪乾かさせろとかまた言われる。
とタオルで頭を隠すのだが、用件は私の頭にはないらしい。

「明日、なんだが」
「うん? 明日?」
「久しぶりに、飯でもどうだ」
「ああ。皆で? いいんじゃない。そういう日があっても」
「いや。二人で」
「あん?」
「二人きりで」
「ああ……?」

な、なんだそれ……? どうしてこのタイミングで、二人でご飯なんだろう。何か相談事、いや、そうならそうと言うだろう。何目的の会食だ?

「なんで?」
「……俺と二人は嫌か」
「嫌ってわけではないけど、あ」

火縄の後方、数十メートル、廊下の角に人の気配。またシスターとマキとタマキが火縄のバックについているのか……。断ると、あの三人に責められる……、それは、それはなあ……。

「…………、わかった。ご飯ね」

断れない。
が、まさしく私のこういうところが、今回の事態を招いたのである。


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20200206:断れない。

 

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