015/リヒト
「なまえさんは、リヒトさんだけを守ってて下さい」
なまえは「気を付けて下さい」とだけシンラくんに言って、そっと僕の前に立った。
「……」
ぎち、と刀を握るなまえは確かに見たことがない顔をしていたけれど、そんなことよりも僕は、なまえをこの部屋に連れて来てしまったことを後悔した。道案内とかなんとか言って、遠ざけるべきだったかもしれない。きっと、僕を守るためならなんだってしてしまうだろう。
「リヒトくん」
なまえは、そんな僕を見透かすように言った。
「シンラさんを、助けてあげてください」
なまえを見下ろすけれど、目は合わない。彼女は今、やるべきこととだけ目を合わせている。きょろきょろと動く視線は、この空間の全てをインプットしているのだろう。何が起きてもいいように。何が起きても、対応できるように。
「貴方のことは、絶対、守る」
第八にはじめて挨拶に行った時、僕の白衣の裾をぎゅっと掴んでいた女の子は言う。
「貴方は、ジョーカーに必要な人です」
なまえは早速、こちらに飛んできた小石を跳ね返していた。
そんなこと言ったら、あいつは、泣いて怒るんじゃないかな。僕はなまえの肩に手を沿えて、じっと、シンラくんとショウ団長の戦いを観察した。僕には僕の戦いがある。
■
シンラくんが言った。「実はものすごく強い」はきっとその通りだ。
なまえはぎゅ、と唇を引き結んでその兄弟を見詰めていた。ショウ団長の涙を見て、一瞬だけ唇を緩めていたが、「私は、あんな風には」何かを言いかけた瞬間に、シンラくんの体を貫いているショウ団長の刃に気付く。
「シンラさん!」
走り出したその瞬間。きっと彼女には、あの兄弟しか目に入っていなかったのだろう。
「邪魔されちゃ困るよん。お姉さん」
バチ、と電気が弾ける音がして、ごとん、となまえが倒れる。あの倒れ方はっ。僕もすぐになまえのところへ走るが、なまえは痛みや疲労を誤魔化すようにがばりと起き上がった。
「おりょ? 起きないほうがいいと思うけど?」
ぶん、と振った刀は新しい敵に届かない。しかし、向こうからの攻撃は的確になまえに流れ込む。「あ”、」なまえはそれでも倒れないで、ぐ、と足を前に出す。
「おいおいおいおい、お姉さん。なんかおかしいな? なに? 魔防が高いタイプ? それともひょっとしちゃって根性で耐えてるとか? いやんかっちょいい〜惚れちゃいそ〜」
ばち、ばち、と二度音がして、なまえはとうとう真後に倒れた。頭だけは打たないようにと僕はどうにか受け止めるけれど、なまえからはなにか焼け焦げるようなニオイがしている。外傷はなさそうに見えるが、神経系を攻撃されたのは間違いない。それも四度だ。脳に異常がなければいいが……!
「なまえ!!」
呼ぶと、わずかに指先が動いた。
自分から、僕の腕を転がり落ちて、大きく呼吸を繰り返す。
「はーッ、はーッ!」
体中に無理矢理酸素を送り込んで刀を掴む。ぎり、とこれは意識を保つためにだろう、思い切り自分の唇を噛んでいるから、そこからだらりと血が流れ出ている。「なまえ」手負いの君ではどうしようもない。
「なまえ、動かないで、」
肩を掴むが、聞こえていない。ジョーカーなら止められるのかもしれないが、僕、では――――。
発砲音が聞こえるのと同時に、なまえはふ、と意識を失った。
■
マキ隊員やタマキ隊員が運ぶと言ってくれたが、これは僕の仕事だと、なまえを背中に乗せて地下から脱出した。体の傷はほとんどないが、病院へ行くなり脳の精密検査をしてもらった。結論として、検査で異常は検出できなかったようだが、高圧のプラズマを何度も食らった。命を落としたって不思議じゃない。
ジョーカーに連絡したいが僕の心配を他所になまえは五時間後に目を覚ました。
「なまえ……?」
すぐ隣で報告用の資料を作っていた僕は、もぞりと動くなまえに気付いて、すぐに明かりを点けて顔色を見る。ぼうっとしたままむくりと体を起こしてなまえはきょろ、と周囲にあるものを確認した。第六特殊消防隊の病院だ。そして、最後に僕と目を合わせる。「リヒトくん。ごめんなさい。私」ぽつり、と後悔を零す彼女を抱きしめる。謝る必要も君が心を痛める必要もない。
「大丈夫だよ、無事でよかった」
「リヒトくん、苦しい」
「ああ、ごめんね。安心したからつい」
「いえ、……?」
なまえはふと自分の体を見下ろした。検査も手当も終わっているから新しい服に着替えさせてもらっている。検査の邪魔だからとネックレスは僕が預かっていたのだけれど、これが首からさがっていた方が安心だろうと、さっき僕が付け直しておいた。検査中、ところどころにあるキスマークについて看護師から微妙な顔をされた。ほんとひどい目にあった。今度ジョーカーに会ったら文句言ってやらないと。
なまえはひょい、と、胸のネックレスを摘まみ上げる。
ここで、僕はようやく気付く。
きょと、と目を丸くするなまえの目がいつもと違う。
「これ、なんですか?」
世界に恋をしているような瞳の輝きが、ない。
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20200206: