014/シンラ


「ほら、虎の手遊びの!」

そこまで言って貰ってようやくピンと来る。そして悟られるより早くリヒト捜査官を拘束している白装束を。

「あ、」
「あれ?」

その白装束は気の毒なことに、後ろからも、ほぼ同時に攻撃を受けていた。攻撃したのは。

「シンラさん、リヒトくん!」

なまえさんだ。「なまえ?」とリヒトさんが呼ぶと「大丈夫でしたか」とリヒトさんに駆け寄った。怪我がないのを確認すると、ほっとしている。……修行中のこの人を何度か見ていたのだが、さっき、修行中とは全く違う目をしていた。修行中は、紺炉中隊長に追いつめられれば追いつめられる程研ぎ澄まされていくという感じがしていて、大変に心強いなと呑気に思ったわけなのだが、さっきは。
なまえさんは、一歩、二歩で残っている白装束ものしてしまった。

「なまえさん、大丈夫ですか?」

俺が聞くと、リヒト捜査官は「え、君こそどこか怪我したの!?」となまえさんの無事を確認している。なまえさんはリヒト捜査官を見る前に一度目を閉じて、それからふ、と開いた。「大丈夫ですよ」
もう、いつも通りのなまえさんだ。世界を、呪うような顔ではない。今あるすべてに怒っているような目つきではなくなっている。……俺の引きつった笑顔と同じで、癖、のようなものだろうか。「それにしても、」

「凄まじいスピードだね……」

リヒトさんに言われて、すぐにまた虎ひしぎの形を作る。ラピッド。この人は俺のこの技をそう呼んだ。

「ラピッドか……、蹴りマンキックよりいいな」



歩きながら、もうはぐれないようにとリヒトさんの手を握るなまえさん(深くは突っ込まない。この人たちは兄妹のようなものだ)に、世間話のつもりで聞いてみる。

「なまえさんって実はものすごく強いんじゃないですか?」
「……、どう、ですかね?」

強い? なまえさんは首を傾げて、リヒトさんを見上げた。「僕からしたら二人ともすごいよ」リヒトさんがそう答えると、なまえさんはこく、と頷く。「だ、そうです」

「いや、俺、なまえさんの話をしたんですけど……」
「ううん……」

こういう時、リヒトさんはなまえさんが考えているのをじっと見つめて待っている。俺もそれに倣ってじっと待つ。今、きっと俺の質問の意図について考えてくれているのだろう。とは言え、俺自身もどういう答えが欲しくて聞いたのかはわかっていない。ものすごく強いんじゃないですか。実はそう、とか、そうでもない、とか、そんな適当な言葉で流すこともできるのに、なまえさんは真剣に考え込んでいる。

「私、実験場、みたいな場所から逃げて来たんですけど」
「あ、はい。それは聞いてます」
「そこで、かなり厳重に仕舞われてたんですね」
「……」
「……なまえ?」

リヒトさんがなまえさんの腕を引いた。嫌なら無理に話さなくてもいい、という合図だとは思う。俺も別に無理に聞き出そうとしたわけではない。けど、なまえさんが話してくれるというのなら、聞いてみたい。

「その組織を、怒って、半壊させたことがあるからなんです」

……怒って、半壊させた?

「だからできるだけ、怒らないようにしてるんです。その時の私は、ものすごく強かった、の、かもしれません」

だから、ああいう牢で、ああいう扱いになったのだ、と。この人の言うああいう、が何を差すのかはわからないが、快適な生活であるはずがない。「実は強いんじゃないですか」質問の答えは「自分を見失うくらいキレたらそうかもしれない」だ。
リヒトさんも聞いたことがなかったのかもしれない、驚いたような顔でなまえさんを見詰めている。

「……これで、答えになりましたか?」

……答えになった。が、その話は世間話にしては重すぎる。
どうにかしようと、俺はリヒトさんに助けを求める。

「なまえさんって、怒ることあるんですか?」
「僕も見たことないけど」

なまえさんにとっては過ぎてしまった過去でなんでもない話なのだろうか。空気が重くなることはなく、へらり、といつも通りに笑っていた。怒るイメージがない。どういうことに腹を立てるのだろう。想像もできない。

「私は怒ると我を忘れて暴れまわる女なので、気を付けてるだけです」

俺は少し考えて、やっぱり、なまえさんのそれも癖のようなものなのだと言う気がしてきた。だとすると。

「気を付けてもできないことはたくさんあるのに。なまえさんはすごいですね」

むに、と自分の顔を摘まむ。
なまえさんは俺をはじめて見た時、引きつった笑顔の男を前にきょとんとした後「かっこいい笑顔ですねえ」と笑ってくれた。

「俺はどう気を付けても笑っちゃいますよ」

に、となまえさんが笑う。

「シンラさんは、良い人ですね」

子供のような人だと思っていたけれど、やっぱり、人にはいろいろあるんだなあ。なんて、他人事のように思った。もう俺達は、この人が本当に無邪気な明るい人だと知っている。リヒトさんは、そっとなまえさんの頭を撫でていた。
俺も早く、ショウに会いたい、なあ。

「っ!?」

――ぴし、と頭になにか、割って入って来た。


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20200206




 

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