20200214/森羅


自然に自然に。あくまで自然に。ぶつぶつと呟いていたが、いつも擦れ違う廊下の角の手前で深呼吸。すう、はあ。

「よ、よう」
「ん? ああ、シンラ。おはよう」
「お、おはよ」

くあ、となまえは眠そうに欠伸をしながらそのまま通り過ぎようとする。「そう言えばッ」と俺が言うと、雑談をするのか、と立ち止まってくれた。なまえはこういうとき付き合いがいいし、きっちり向き合っている人間に合わせてくれる。

「もうすぐ、バレンタインだなっ!?」
「ああ。そうだね。もう十日もないか」
「お前は、準備とか、してんのか?」

「準備ねえ」となまえは至極面倒そうに肩をすくめた。

「シンラ欲しいの?」
「な、なな、なんでそうなんだよ!?」
「笑ってるから。聞きにくいことでも聞きたいのかと思って。いや、シスターが誰にあげるかとかそういうことなのかな。いいよ。聞きたいことはなに?」
「いや、いやいやいや! は? 何勘違いしてんだ? 俺は別に、お前がどうとか、シスターがどうとか、そんなんじゃねえんだよ。ただ、世間話として……!」
「本当にいいの?」
「いいに決まってんだろ、これは世間話! で、お前は準備してんのか!?」

準備、準備、となまえはまたそう繰り返す。まったくしていないのは知っている。タマキが「なまえこの記事みて!」と言うのを「あー、うーん」と興味なさそうにあしらうのを見た。(なまえはその後リヒトさんと何やら科学の話で盛り上がっていた。あの二人はやけに仲がいい……)

「バレンタインの準備って、なに?」
「は?」
「いやだから。バレンタインの準備って、なにするの」
「い、いや、そんなの、そりゃあお前、チョコレート用意したりするんじゃねえの?」
「十日前から?」
「皆盛り上がってるだろ!?」
「だっけ?」
「お前もしたらちょっとは女が上がるだろ」
「あげる人いないし別に」
「いるだろ! 第八の皆とか!」
「皆ァ……?」
「なんだよ」
「なんで皆?」
「義理チョコとかあるだろ。友チョコとか、単純にお世話になった人に渡すとか!」
「私はお世話になっている人にバレンタインのチョコは渡せない」
「どうして!」
「お返しの日があるから」
「気にしねェよ誰もそんなこと……」

だ、駄目だ……、こいつ……、バレンタインというイベントに一切の興味がない。ちょっと煽ったら手作りしたりするのではと思ったが、甘かった……。この女全くブレない。断固として何も用意しないつもりに違いない……。

「そもそもチョコを用意する、義理、とは? この場合は社会的な付き合いの上で仕方なく渡すチョコのこと?」
「難しいこと言い出すなよ。誰が乗るんだその話」
「えっ、リヒトさんはノリノリで応えてくれるけど。友チョコと義理チョコとの境界はどこにあるのかみたいな討論とか絶対してくれる」
「楽しいかそれ?」
「わりと」

溜息を吐くしかない。

「じゃあお前は誰にも渡さないんだな?」
「いや。リヒトさん昨日欲しいって言ってたから渡す」
「はあああ!!?」
「うるさ、なに?」
「な、おま、なん、なんでリヒトさんに渡すんだよ! ま、まさか、お前、り、リヒトさんのこと……!!」
「だから、欲しいって言ってたからだって」
「欲しいって言ったらやるのか!?」
「そりゃ欲しいなら」

そ、それなら。
それならば、俺にあったっておかしくないはずだ。

「じゃあ俺にもくれよ!!!!!!!」

二人しかいない廊下に俺の叫び声が響き渡った。顔どころか耳まで赤い自信がある。ああもうマジかよ最悪だ。こんなつもりじゃなかった。もっとスマートにいくつもりだったのに。どうして俺はこいつの前ではいつもこうなんだ。なまえは「あー……」と声を漏らす。……こういう時、笑ったり茶化したりしないところがなまえのイイところでもある。単純にいじるのが面倒くさいからかもしれないが、それでも俺はこいつのこういうところが好きだ。

「……欲しいんじゃん」
「そうだよ!!!!! 悪いか!!!!!」
「だから最初に聞いてあげたのに」
「悪かったな!!!!!」
「じゃあ、リヒトさんと同じやつでいい?」
「よくねえよ」
「よくねえの?」

この際だからもう自棄だ。

「特別なやつ、作ってくれ」

なまえは目を丸くして「作る」と俺の言葉を繰り返した。

「作る」
「なんだよ」
「作る?」
「そうだよ」
「手作りってやつ?」
「そう」
「あー、なにが簡単?」
「えっ」
「だから。チョコレートのお菓子ってなにが簡単?」
「……そこからなのか?」
「いや普通そこからでしょ。で、何が簡単?」

そして何なら失敗しないの? となまえは悪びれもせず、真っ直ぐに聞いて来る。聞いて来るということはくれるということだ。わざわざ作って。でも、ここで自分で調べろよと突き放したら面倒だからやっぱりやめると言い出しかねない。

「一緒に、火縄中隊長に聞きに行こうぜ……、あと、作るのは俺も手伝うから」
「そう? 悪いね」

なんだこれは。どうして俺は好きな女の子にチョコを要求したら一緒に作ることになっているんだろう。俺が悪いのだろうか。母さん。助けて下さい。俺には女の人の心がわかりません。「そっか。手伝ってくれるなら」

「楽しそうだ」

なまえはそうして、上機嫌に笑っていた。
……、まあ、いっか。


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20200205:手作りが欲しいしんらクンの話。

 

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