折れて曲がって飛び越えて10(END)


ははあ。となると。そうか。新門紅丸は、みょうじなまえが好きである、と。そう仮定すると確かに大体の行動に説明がつくような気がする。いらねェと言われたのはいくらなんでも言われすぎだが、過ぎたことは別にいい。
至近距離でじっと見つめられる。
ああ、その目は、そういう意味だったのか。

「……じゃあ、私、仕事もあるしそろそろ第八に帰るね」
「は?」
「黒野先輩との噂の件はそういうわけで」

じゃあ、と立ち上がると、「待ちやがれ」と腕を掴まれた。

「返事は」
「返事?」
「俺とのことは、どうすんだ」
「紅とのこと」

阿呆みたいに繰り返す。何を言われているのか全然わからない。そもそも私は何も言われていない。なんとなく察しがついてわかってしまったけれど、それだけだ。紅は立ち上がって、ぐ、と私を引き寄せる。こういうことはできるくせに。肝心なことは、また、言わないつもりだろうか。私達はそれで拗れていたのに。
こつ、と額同士がぶつけられる。
顔が近い。
紅の頬は赤くて、両目は熱く燃えている。ギリギリ触れるか触れないかまで唇を近付けて、紅が言う。

「いい、か?」

いいか。キスをしても? それともここでそれ以上をしても、という意味だろうか。もしかしたら、されていない告白の返事の話か? 私はにこりと笑って、首の動きだけで頭を引いて、思い切り紅丸にぶつける。
いいわけあるか。

「いてェな……、何しやがる!」
「頭突き」
「お前、嫌なら嫌だってハッキリ言ったらどうだ!」

よくそんなことが言えるなと呆れてしまう。
ハッキリ言っていないのはどちらか。明白だ。
冷ややかに笑っていると紅もそれに気付いたようでバツが悪そうに目線を逸らしてがりがりと頭を掻いた。
私の思っていることを理解してくれたようで、改めて私の正面に立つ。

「……」
「……」

待ってみるが、紅の眉間に皺が増えていくばかりで何の言葉も聞こえてこない。しっかり十秒待ったのだけれど何もないからくるりと踵を返して部屋を出る。

「おい、待て」
「待たない。仕事残ってる」
「わかってるだろ」
「わかってはいるけど」
「だったら言う必要ねェじゃねえか」
「要る要らないの話じゃなくて、紅のはただ単に言えないんでしょう。黒野先輩は会うたび私に好きだって言ってくれてますけど」
「今そいつの話はしてねェよ」
「なんならプロポーズされてるしね……」
「は!?」

がしり、と腕を掴まれて振り返る。
今日はきっと無理だろう。
ただ、考えておかなければならない。紅が、いざ私に好きだと言えた時、納得のできる答えを聞くまで浅草から出してもらえないだろうから。
紅は焦って口を開く。
でも、どうだろ、素直に気持ちを教えてくれたら、もう少し待ってみても――。

「お前みたいな奴嫁に貰っても良いことなんざ何もねェ」

うん。帰ろ。



違う。そうじゃない。だからきっちり断って来い、と繋げたとしても言い逃れができない。
腕を掴んだら振り返ってはくれるが、振り返ったなまえを見ると、顔の中心に影を落として顔の表面だけで笑っている。まずい。これは相当怒っている。
ぱし、と腕を振り払われる。

「違え」
「なにが?」
「間違えただけだ、今のは」
「間違えたらなにを言っても許されるんです? 新門大隊長」
「……悪かった」
「別にいいですよ。例のごとく本心じゃないのはわかってるんです。私が傷付いただけです。まあけど今日はもう気分じゃないし帰ります」
「気分じゃねェってなんだ、ならさっきまでは、」

どたどたと廊下を歩くなまえの後ろを付いて行くが、足は止まるどころかどんどん早くなっている。一秒でも長く引き留めたいのだが、焦って喋ると悪態と憎まれ口しか出てこない。かと言って何も言わなければなまえはこのまま容赦なく第八へ帰るのだろう。
どうにか、玄関から出て行く前に捕まえる。

「なまえ」
「……」

なまえ。
言うべき言葉がありすぎてまとまらない。
掴んだ腕を伝って手のひらに触れる。する、と体を寄せて、甘く指を絡める。伝わってはいるはずだ。こんなこと、惚れた女以外にするはずが。
がッ、となまえは俺に思い切り手刀を振り下ろした。いてェ……。

「何もかも察してもらえると思ったら大間違いだ」

駄目だ。こいつの言う通り今日のところは諦めたほうがよさそうだ。しかし、次に会えるのは一体いつになることやら。それにしたって自分の成長しなさ加減に嫌気が差す。嫁に貰ってもよいことがない、だなんて、よくもまあそんなことを言えたものだ。ずっと昔から、それしか考えていなかったくせに。なまえを隣に置くことでもたらされるものの大きさは、俺が一番よくわかっているはずなのに。
はあ。と息を吐く。
なまえの後ろ姿に声をかける。

「なまえ!」

なまえは律儀に振り返る。
嫌われてはいないはずだ。ただ……、そういう意味で好かれている気は、あまりしない。

「いつでも帰って来い!」

俺の事が好きでも、そうでなくても、ここはお前の故郷なのだから。
なまえはぽかんと立ち尽くしていたが、その内子供みたいに思い切り笑って手を振った。
見えなくなるまで見送りながら、次、ここへ呼ぶための口実ばかり考えていた。


end
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20200205:ここまで読んで下さりありがとうございました。ご感想とか頂けたら泣きながら喜ぶので是非よろしくお願いいたします……!

 

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