折れて曲がって飛び越えて07


馴染みの甘味処に寄ったついでに詰所に寄るかどうするか。いや、まあ、次の休みには結局行くことになるのだから、と帰ろうとすると、その背中をがしりと第七の隊員に掴まれた。
いつもこうだよ。



渋々付いて行くと、やや服装と髪の乱れた紺さんに出迎えられて、紺さんは私の顔を見るなり他の皆と同じようにがっしりと肩を掴んで言った。

「いいところに来た!」

嫌な予感しかしない。
私は「はあ、そうですか……」と言いながら、もう完全に諦めている。「ちょっと来てくれ」と言われて、カレンダーを手渡された。うわ。これあれだ。特殊消防隊ヌードカレンダーとか言うやばいやつ。

「今年も紅の写真を撮ってやろうと思ったんだが失敗しちまってな」
「いいんじゃないですか? 撮らなくても」
「お前さんの言うことなら聞くだろうから、なんとか言ってやってくれねェか」
「いいんじゃないですか? 撮らなくても」
「そうか。やってくれるか!」
「紺さんは紺さんでそういうところありますよね……」

はあ、とため息を吐いて、「それで、紅はどこに?」と聞く。「そう来なくちゃな」と紺さんは笑うわけだが。まったく。全てこの人の手のひらの上だ。



本当に丁度いいところに来てくれた。
なまえが「見たい」と「撮りたい」と一言言いさえしてくれたら、紅は断らないはずだ。外ならぬなまえの頼みとあれば必ずうまくいく。

「若」

驚かす為に俺が先に部屋に入る。「また来やがったのか。絶対撮らせねェから、な……」言葉から勢いがなくなったのは俺の隣にいるなまえを見たからだろう。なまえは無表情で「どうも」なんて片手をあげている。「……」ぎゅ、と開いた口を閉ざす紅。よし、喜んでる喜んでる。

「ヌード写真くらいさっさと撮って貰ったら?」

ド直球だ。いや、いやいや。もっとあるだろ。様子を見るとか、伺うとか。紅は言われた言葉の処理にやや時間を掛けて。なんの色も付いていない頼み事から顔を逸らした。

「……撮らねェ」
「撮らねェって言ってますよ」
「そりゃそうだろお前さん……、なんでもっと上手く……」

なまえであればどれだけでも機嫌を取ることができるし、持ち上げてから頼めば多少紅の反応も違っただろうに、一体何故……。紅はこちらを見ていない。なまえはぱち、と片目を閉じた。ん……? なんの合図だ?

「なら、いいじゃないですか。やりたくないなら。紺さん撮りましょうよ。大丈夫。紺さんなら頂点取れますよ」
「い、いや、俺は……」

はっ。
さっきの合図はまさか。そういうことか?
俺の視線に、なまえは小さくこく、と頷く。流石なまえだ。紅の性格をよくわかっている。そしてこの作戦はなまえにとっても気持ちがいいものになるだろう。
よし。俺は気を取り直してその作戦に乗ってやる。わざと満更でもないような声で返す。

「……そう思うかい?」

なまえはすかさず「もちろん」と頷いた。声色もだんだん明るくなっていく。役者だ。

「紺さんなら、バーンズ大隊長とか敵じゃなくないですか? 顔も体つきも全然勝ってると思います。私は別に、紺さんが特殊消防隊で人気投票ナンバーワンでも驚かないですよ」
「そ、そこまで言ってもらえりゃ、悪い気はしねェな」

紅が勢いよくこちらを振り返って目を丸くしている。ついでにぽかんと口を開けて、なまえが俺のカメラを持って迫る姿をただ見ていた。いいのか? 俺がなまえと仲良くして、裸の写真なんかを撮るんだぞ? ん?「おい」案の定、紅がこちらに近寄って来た。

「おい、」
「眼鏡とかかけます? よりかっこよくなると思うんですけど」
「眼鏡か……」
「サングラス、ああ、サングラスも有りでは……?」
「細かいことはまあ、お前に任せるが……」
「おい!」
「……なに?」

紅は必死になって俺となまえとを引き剥がして、「……」と黙り込む。この状況をどうにかする為に紅丸ができることは一つしかない。俺となまえとはじっとその言葉を待つ。これでもかというくらい溜めた後、なまえの肩をぎゅ、と掴んだまま、絞り出すように、言う。

「……今年も俺が一人で撮られてやる」

なまえはその言葉を引き出すなり、阿保らしい、と言いはしないが溜息を吐いて、俺にカメラを手渡してひらひらと手を振った。

「ですって。紺さん」
「は? 見てかねェのか」
「何言ってんの? 見てかないよ、見てどうしろって言うの」
「悪かったな。なまえ」
「まったくです。じゃあまた」
「は……?」

紅はまた目を丸くして俺を見ていた。まあ、そういうわけだから、大人しく撮られてくれ。おっと、男に二言はねェな? またごねるようなら、なまえに来てもらって、俺を撮ってもらうしかねェな? 大丈夫だ。カレンダーが出来あがりゃ、なまえも一応は見るだろうよ。おら、さっさとしろ。仕事が片付かねェだろ。

「チッ……」

舌打ちには覇気がなく、体からはどこか哀愁が漂っていた。
これは女ウケするに違いない。……なまえウケはしないだろう。


------------------
20200205:ヌードカレンダーはいいぞ


 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -