20200214/アーサー


極端な奴だ、とはよく言われる。
連日連夜キッチンを借りて(メンバーは日によって違う。シスターだったりマキさんだったり、タマキちゃんだったりする)、チョコレート菓子の試作をする。どれもこれもまずいわけではないのだけれど、かと言ってものすごく美味しいかというとわからない。いつも通りだ、と私は思う。
火縄中隊長に「どうしたらいいですかね。そもそも、本番二週間前から修行をし始めるっていうのが遅すぎですか? やるならやっぱり一年くらい前からコツコツ修行をしなきゃいけなかったんですかね? いっそ今年は諦めて全身全霊を来年に回すというのはどうでしょうか?」と詰め寄ると「お前は一体何を目指しているんだ」と呆れられた。何を目指しているのかと言われれば。

「美味しいチョコレートを目指してます……」
「今、別段まずいわけではないし、問題ないだろう。間違いなく、チョコ菓子ならば俺よりも上手くなってるぞ」
「……いや、でも、まだ、時間があるし……、何かできること、ないですかね……?」

火縄中隊長は筋トレでもしておけ。と言うので、私は真に受けて本当に筋トレをした。菓子作りをする際軽快に動けるようになって、支える手が力強くなった。バランス感覚が前よりも良いような気がしたところで、あの言葉は冗談だったのだと気が付いた。冗談を言うなんて珍しい、と思ったが、結果、メレンゲが以前より早くきめ細かくできるようになったので料理はスポーツだな、などと思う。

「あれ? 違うな、だから、ええっと、つまり、私が何をやりたいかっていうと」

バレンタインデーに向けて、美味しいチョコレートのお菓子を作りたい。本当に美味しいやつがいい。今まで私が作って来た料理の中で一番美味しければいいと思う。何故、ならば。

「寝ないのか?」
「わっ、あ、あ、アーサー。おはよう」
「まだ夜だぞ。こんばんは」
「う、うん。こんばんは」

ひょこり、と前髪をぴこぴこさせながら隣に来たアーサーに、私は一度手を止める。とは言っても、流石に今日はもう寝ようかと洗い物をしていたところだから、試作品に影響はない。

「もう寝るよ。ごめんね、うるさかった?」
「うるさくはない。いい匂いがするな」
「ああ。ガトーショコラ作ったから」
「明日の朝食か?」
「ううん。もうすぐバレンタインでしょ。だから練習」
「バレンタイン!」

アーサーは飛び上がって私の肩を掴む。思い切り前後に揺すられてがくがくする。寝不足の脳が揺らされている……。落ち着いて、と腕を叩くと揺らすのはやめてくれたが、その代わりにずい、と顔を寄せて詰め寄られた。近い……。

「俺にはあるのか!?」
「ん?」
「なあ!」
「んん」

あるもなにも、私はアーサー・ボイルに一言「美味しい」と言って欲しくて頑張っているのであって。

「あるよ」
「一番大きい奴をくれ!」

大きい奴もなにも、私は……。ちらりと出来上がっているガトーショコラを見る。なんならそれごとあげたっていいくらいだけれど。「大きい奴、ついでにはーと型にしてあげよう」と言うと「騎士型にしてくれ」と言われて困る。なんだそれ……。なんだ騎士型ってはじめて聞いたぞ……。私は料理の腕を上げるだけでなく、騎士について理解を深めなければならなくなったようだ。

「ん? 練習なら、今日作ったのはどうするんだ?」
「うーん。今日のは味見したら残りは包んで、第七の詰所に持って行こうかなって。新門大隊長は食べないだろうけどおつかい頼まれてるからそのついでに」
「……第七? 第八には?」
「ちょこちょこ配ってるよ。女子組とかあとはヒバナ大隊長も喜んでくれるし、お茶菓子としてこっそり並べたりとか」
「俺は食ってないぞ……?」
「そう? そうかな……」

もしかして、シスターが気を利かせてアーサーには出さないようにしてくれているならそうかもしれない。(女子組には私の本命は暴かれてしまっている)

「だが、そうか……。第七に持って行くのなら、これは、駄目なのか……」
「……」

別に駄目という訳ではないのだけれど、みるからにしょんぼりとしているものだから、つい、ガトーショコラを皿ごと差し出す。

「食べる?」
「いいのか!?」
「時間が時間だから、あまり食べすぎない方がいいと思うけど」
「ああ」

ナイフで一口サイズに切ると、アーサーに渡す。飛び跳ねてテーブルをガチャガチャ言わせながら待っている。あんまり暴れると火縄中隊長に怒られるぞ……。

「はい、どうぞ」
「!」

目をきらっきらさせながら私からガトーショコラを受け取ったアーサーは、両手をしっかり合わせて「いただきます」と言った後、一口でぺろりと食べてしまった。まずくはない。嫌いな味ではないのもわかっている。けど、緊張するものだなあ。

「どう?」
「美味い。いつの間にこんなに上手くなったんだ?」
「え、そう? 私は、あんまり変わらないと思ったけど」
「そんなことないぞ。全然違う。滅茶苦茶美味い。もう一口食っていいか」
「いいよ、いいけど、ええ? そんなに?」
「もう一回食ってみろ。本当に格別だぞ」
「んぐ、」

切ったガトーショコラを私の口に運ぶアーサーの、その動きに合わせて私も慌てて口を開く。いや、いつも通りだと、……、いや、美味しいな。確かに、さっきよりおいしい。なんでだろう。

「なあ。本当に明日第七に持って行くのか? 俺に全部献上してもいいぞ?」
「え、ああ、でも、手土産はいるし、全部は……」
「そうか……」
「当日、ちゃんと用意するから」
「え」
「あっ」
「くれるのか? なまえから、俺に?」
「あー……」

寝不足はよくない。こういうことになる。
アーサーの青い瞳がじいっとこちらを見つめている。間違えた、と言って誤魔化してしまってもいいが、嘘を吐くメリットが思い浮かばなくて素直に認めてしまうことにする。肩から力を抜いて、へら、と笑う。

「うん。その為に今、頑張ってる」
「そうか……、それは……、ん? それは」
「ん?」

照れたように視線を彷徨わせていたが、アーサーは何かに気付いたらしく、ばっと私を見る。

「それって告白じゃないのか……?」
「うん?」

……。バレンタインにチョコはある。そのチョコを練習している。それも毎日。なんでもないような相手なら、毎日毎日練習をする必要はない。アーサーにだけ渡す、とも言っていないのだが、本命であることに間違いはない。告白か。それは考えていなかった。私はどうするのだろう。

「……」
「……」

どんどん課題が増えていく。バレンタインまでに消化しきれるだろうか。チョコレートを騎士型にする方法とか、告白はどうするのかとか、アーサーは今どんな気持ちでいるのかとか。沈黙に耐えられなくなってきててきぱきと手を動かす。今日はもう寝たほうがいい。事態を収束させるのは、明日の、明日が無理なら明後日の私に任せるとしよう。

「まあ、当日、ね、当日当日、こんな感じで頑張ってるから、楽しみにしておいて、はい、これだけ持ってっていいから。じゃあ、おやすみ」

きっちり後片付けを終えて、ぴ、と手を上げてキッチンから逃げ出す。「おやすみ……」となんとも言えない声で言った、アーサーからの挨拶はかろうじて聞こえていた。

(あーあー……)

自分を(うっかり)より追い込むことに成功した。バレンタインへ向けての料理修行は、佳境に入っていた。


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20200214:手作りはいいぞ

 

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