「ひと雨来そうだよ」/カリム


湿った匂いがしている。空も暗いし、きっと雨が降ってくる。買い出しに出ようかと思っていたけれど、どうしようか。なまえはぱたりと本を閉じて小さく息を吐いた。

「終わったか?」
「えっ、わ、カリム」
「かなり真剣に集中してたな」

に、と歯を見せて笑うカリムは三十分ほど前から、なまえの座るベンチの隣に陣を張って、じっとなまえが自分に気付くのを待っていた。膝の上に腕を乗せて、最終的にはなまえを覗き込むように見ていたのだが。
先になまえの気を引いたのは、先に訪れる雨の匂いだった。

「ごめん、気付かなかった」
「ったく、俺だからいいようなものを、あんまり隙だらけな無防備にしてるんじゃねェよ」
「いたっ」

ぱち、と額を指で弾かれて、なまえは指先で額を押える。

「それで、どうしたの?」
「暇なんだろ。どっか行こうぜ」
「いいけど、ひと雨来そうだよ?」
「……まあそれは、それなりに憂鬱ではあるが」

カリムががりがりと頭をかいているのを、なまえは柔らかく見詰めていた。この穏やかな目に見つめられると、つまらない意地や見栄をそっと脱がされてしまう。(第一で、なまえの前でだけやけに素直な隊員が何人もいる。カリムもその一人だ。)

「ここだけの話、雨の日のなまえみょうじは五割増で美人だって話を聞いてな」
「……なに? それ」
「隊の奴が喋ってたんだよ、髪がつやっとして、顔にくっついてんのがエロいとかなんとか」
「へえ。よく見てるね」
「お前なあ……」

もう少し気にしろ。エロいだぞエロい。モロそういう目で見られてるじゃねェか。人の女をったくあいつら。

「カリムもそう思う?」
「……特別そうだとは思ってなかったから腹が立ってムカつくんだよ」
「ははは」

俺のは、とカリムは続ける。やや頬が赤いが、お構い無しに真っ直ぐだ。

「改めて雨の日がどうとかじゃねェからな。いつもやべぇと思ってる」
「あ、恥ずかしいこと言ってる」
「うるせェ。行くぞ」

手を引かれて立ち上がる。なまえはカリムの背中に続きながら、カリムを見上げた。繋がった手のひらがあたたかい。

「雨が、きっと降るのに?」
「雨が降るから、行くんだろうが」

自分が見るためと、他の人間に見せないために。なまえは、雨を待つ憂鬱な気持ちが消えていることに気が付いた。


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20200204:なんでもない言葉シリーズ「ひと雨来そうだよ」

 

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