20200214/火縄


「チョコレートだ」
「いやあのこれ」
「今日はバレンタインだろう」
「だからあの」
「食ってくれ」
「って言うか火縄……」

朝、起きるなりチョコレートケーキをホールで部屋に持ってきた火縄に苦言を呈すのも面倒で「……ありがとう」と受け取った。明らかに一人分の量ではない。第八全員で食べられるくらいの量がある。中を見るとごりっごりにデコレーションされていて気合の入り方が尋常ではない。
これだけ綺麗だとさぞ女子ウケするだろう。そう言えば今日の夜は女子会が企画されていた。そこに持って行ったら喜ばれるのではないか。

「今日の女子会でみんなで分けるわ」
「……そうか」
「え、なに、駄目?」

返事にやや間があったところを見ると、どうやらそういうのは想定外だったらしい。分けてはいけないのか? この量を? 私がじっと火縄を見上げていると、火縄の後ろの方から叫び声が聞こえた。「だっ」

「駄目に決まってるじゃないですかなまえさんっ! そんなの、そんなの駄目にっ!」
「あ、コラ、シスター! 駄目ですよ大きな声出しちゃ!」
「み、見つかったぞ、逃げた方が良くないか!?」

シスターとマキとタマキが走って逃げて行った。廊下の角で見ていたようだが、何を覗いているんだあの子たちは……。こんなもの見てなにが面白いというのだろう。

「なにあれ……」
「あの様子だと分けても受け取らないんじゃないか?」
「いや……、そうは言うけど……」
「気に入らないなら別のものを作るが」

なんだって。

「ああ違う違う違う、これが気に入ったし、絶対美味しいし、これがいい。うん。これが」

これが。
これは、何号のケーキだ? 六くらいないか? これを、一人で? せめて一人分に切って、後は他に配るとかなかったのか……?
火縄は眼鏡の位置を直してから頷いた。

「なら、食ってくれ」
「うんうん、食うよ食うけど、ねえ、火縄」
「なんだ?」
「これ、私一人に渡すには、多いと思わなかった?」
「……」
「黙るってことは思ったね? サイズ間違えたの?」
「…………」
「なんで黙ってんの……?」

私は今一度手元のケーキに視線を落とす。チョコレートケーキ。美味しそうだな。甘そうでもある。そしてでかい。一日では食べきれない。三日あっても、どう、だろうか。

「まあ、いいや……、なんとか食べる……、本当にありがとう。お返しは、期待しないで欲しい……」
「なに?」
「え?」
「……」
「……」

……え? なんだ? この間? なんで火縄は若干残念そうな目で私を見下ろしているんだ? 何をがっかりされている? ……まさか、バレンタインのチョコレートか? この男には、私がそんなキャラクターに見えているのか? 職場で? 全員に? 日頃のお礼です、なんてチョコレートを配るようなキャラに?

「何も用意していないのか?」
「え、し、してない。貰ったら返す派。だから火縄には一か月後になんか当たり障りのないもの返すよ」
「誰にも何もないと?」
「いや、いる? 私からチョコとか」

貰うのはともかく、あげるとお返しの事を考えてしまうから好きではない。今日のところは何もないが、ホワイトデーにちゃんと返す、じゃあ駄目なのか?「……」火縄の表情を見ているとどうにも私はまたなにかやらかしたらしいが、どう考えてもチョコケーキをホールで寄越すほうがやらかしだ。

「まあ兎にも角にもとりあえず朝ごはんにこれ、食べるよ。ありがとう。頂きます」

これ以上話をしていてもなにも発展はしないと自室の扉を閉めようとすると、火縄がすかさず、が、とドアの間に足を挟む。きい、ともう一度開く。釈然としない顔の火縄と目が合う。だから、どうしろっていうんだ。やって欲しいことがあるならはっきり言ってくれないものか。

「ええっと、まだ何か……?」
「いいや、何も」
「何もってことはないでしょ。念のためにもう一回言うけど、私、今持ってるチョコレートは火縄がくれたこれだけだよ」

この男の考えていることはわかるようでわからない。学生の時まではもうちょっとよくわかっていた気がするが、特殊消防隊になってから、彼が私に求めているものがあの頃とは違う気がしてならない。故に、火縄からの言葉を待つ他ない。

「多い、だろう」
「だね」
「一人で食べきるのは難しいんじゃないか」
「難しいね。でも、誰かにあげちゃ駄目なんでしょう?」

だったら私が気合を入れて一人で食べるしかないんじゃないか。そう思って今戦う準備をしているのだけれど……。あれ?

「……ん?」

火縄の後ろ、先ほど三人が逃げて行った廊下の角に、また影が三つ。戻ってきたのか。しかも、なにかカンペみたいなものを振っている。ええっと?『火縄中隊長と一緒にたべてください!!!』……ああ。そういうこと。え、そういうこと? 本当か? 二人で食べるにしたって多いが……。しかし、量が減るのは単純に有難い。

「あー、火縄」
「どうした」
「火縄が一緒に食べてくれない? チョコはないけどお茶ならいいのあるから」
「いいのか」
「まあ、多すぎるし、火縄が嫌じゃなければ」
「わかった。手伝おう」

廊下の角で女子三人が嬉しそうに肩を組んで泣いている。なんなんだ。あと、女子三人に応援されるこの男は一体……。まあいいや。仕方がなく火縄を部屋に入れると問答無用で窓を開け放たれて掃除機をかけられた。置いてある服は片付けられ、ゴミはゴミ箱に捨てられる。いや、……、まあ、いいけど……。母親かこいつは……。
片付けが終わるとようやくケーキをテーブルに出す。

「どうだ」
「美味いよ。ありがとう」

ほぼ無言でケーキを口に運ぶ私に、火縄はそれだけ聞いて、満足したように頷いた。



「あれ? なまえさん胸なんて押さえてどうしたんすか?」
「胸焼けしてる。朝から甘いもの食いすぎた」
「でも食べるんですねえ」
「そりゃ食べるよ……、食べる……」
「火縄中隊長嬉しそうだったもんな!」
「やめろヴァルカン背中を叩くな吐く……」

ホワイトデーはどうしたらいいのだろう。あのケーキのお礼? かかった手間や注がれた技術を思うと頭が痛くなってくる。同じクオリティの甘味は作れない。
……まあ、一週間前くらいになったら、考えるか。


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20200202:夢主にも考えがあってバレンタインは誰にも用意してないんじゃないですかね。

 

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