アイサイノヒ/黒野


家の電気がついている。優一郎くんとの約束で、優一郎くんの仕事が早く終われば私を迎えに来るが、そうでなければ一人で真っすぐ帰るように、と言うのがある。なんでも、優一郎くんの部署というのはちょこちょこ場所が変わるし、外部に漏らしてはいけないらしい。それ故、私は優一郎くんを迎えに行けないのでちょっと寂しいのだけれど。
だから、私より先に優一郎くんが家にいることはないはずなのに。

「朝、消し忘れたかな」

そもそも、朝つけた覚えもないが。まさか泥棒なんてこともないだろうけれど。私ががちゃりと扉を開けると、目の前に優一郎くんが立っていた。

「んわ、びっくりした……。先、帰ってたんだ。仕事相当早く終わったの?」
「ああ。おかえり。コートを脱いで荷物を寄越せ」
「ただいま……。な、なに? い、いいよ。自分で」
「いいから寄越せ」
「はい……」

なにかやりたいことがあるのはわかった……。こうなってしまった優一郎くんは気が済むまで止まらないことを私はもうよく、よーーーく知っている。大人しく言われた通りにコートを脱いで、仕事用の鞄を優一郎くんに渡した。「あ」「あ?」

「しまった。順番を間違えた。おい、もう一回やらせてくれ」
「え、なに、なにを?」
「外に出て、もう一回帰って来い」
「い、いいよ。ほら、今、帰って来たってことで。どうぞ」
「駄目だ。一番大事なところを忘れた。一回出ろ」
「ええー……? 今日めちゃくちゃ寒いのに……」
「後がつかえている、早くしろ」

しかたがないのでコートを奪われた状態で一度外に出る。見られていたら相当間抜けだ。十秒ほど扉の前でぼうっとして(用事がないんだからしょうがない)、極力一回目と同じようにして部屋に入る。「おかえり」「ただいま」二回目だ。なんなんだこれは。私は一体なにをさせられて。

「風呂か? 飯か? それとも俺か?」
「ああ、それがやりたかっ、」
「俺か?」
「いやあの、」
「俺だろう?」
「寒いからお風呂、」
「疲れた上に冷え切った体に俺は沁みると思わないか?」
「おち、落ち着いて……お願いだから……」

なんで私は返ってくるなり主夫ごっこをしている旦那様に扉に追い込まれなければならないのだろう……。彼の言う通り冷え切った手で肩を押すと、「……そうだな。風呂に入って来い」やや冷静になってくれたらしい。

「その間にシチューを温めておく」
「待って……、そのシチュー大丈夫? ブロッコリーは茹ですぎると大変なことになるんだよ……?」
「大丈夫だ。影も形もない」
「それ……、大丈夫じゃ……、なくない……?」
「いいから風呂であったまって来い。ちゃんとできたらハグしてやろう」

そのシチューはちゃんと白いのだろうか。
不安になりながら言われた通りに脱衣所に向かうと、しっかり私のお気に入りの部屋着が用意されていた。下着は……、いつだか優一郎君が選んだ赤色のが置いてある。今日は一体どうしたのだろう。おかしいのは割合にいつものことだけれど、今日はきっとなにかある。
夫婦の日はこの間終わったし。
一月、三十一日。何かあったか?

「……いち、イチ、1……、さん、いち……」

わからない。アイスが安くなる日だった気がするくらいで、後のことは思い出せない。洗面所で髪を乾かして、リビングに戻ったら優一郎くんに聞いてみよう。
と、思った。
思ったのだけれど、脱衣所から出るなり背後から捕まえられ、ソファに座った優一郎くんの上に座らせられる。今度はなんだ!!? と驚いている間に、左手で頭を固定され、右手でテーブルに置かれたシチューをすくっている。スプーンの上に白い液体……。鶏肉は辛うじて残っている。野菜は見当たらない。あったような気配はある。彼の言った通りブロッコリーも溶かしてしまったのだろう。完全に白ではない……。

「あの、ダーリン……、今日は一体……」
「口を開けろ。あーん」
「あ、」

ん、と口の中にどろっどろのシチューを流し込まれる。うん。まあ。うん。美味しく、なくはないけど……。

「優一郎くん? ちょっと話しない……?」
「次だ。食え」
「……」

一通り付き合わないと話にならない予感がする。いや、思い切り抵抗したら聞いてくれるのだろうけれど、優一郎くんがあまりに楽しそうに私の口にシチューを運ぶものだから水を差すのも悪いような気持ちになってしまう。なにか、労われているような、大事にされているのはわかるのだが。結婚記念日というわけでもないし、どちらかの誕生日でもない。勤労感謝の日……? いや、それ系のイベントだとしたら自分にもなにか要求してくるはず……。だからきっと、何か別の……。

「デザートもあるぞ」
「デザートも作ったの? すごい気合入れたね」
「俺だ」
「なんて?」
「俺だ」
「……、デザート? シメの間違いじゃなくて?」
「ああ。今日の俺はこの上なく甘いぞ」
「私はまあ、優一郎くんのそういう逃げも隠れもしないところが好きではあるけど」
「そうか。俺もなんだかんだ言いつつ俺にされるがままのなまえを愛している」

空になったシチューのうつわにスプーンが投げ出される。「……ご馳走様でした」私が言うと、優一郎くんはぐ、と私の顎を掴んで上を向かせる。口を開いた優一郎くんが私の口に噛みついて、私の唇をべろりと舐める。

「デザートだ」

楽しそうににんまり笑う優一郎くんを見上げていると、ようやく膝から降ろしてくれた。おや。てっきりこのまま抱かれるものと思ったけれど。優一郎くんはせっせと食器を片付けている。

「歯を磨いてくるといい。終わった後はいつも動けなくなっているだろう?」
「か、加減してくれれば動けるんですけどね……?」
「加減はしている」
「あ、してる……」

ここでもいいが歯を磨いたら寝室で待ってろ。その方がやりやすい。と優一郎くんは言った。私はやはり言われた通りに歯を磨きに行って、大人しく寝室でタイムラインを流れていく猫の写真を眺めながら待っていた。

次の日の昼。私はようやく一月三十一日は愛妻の日なのだと知った。ああ、イチがIでね。なるほどね。


--------------
20200131:なるほどね愛妻の日滑り込みせーーーーーふ。

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -