いざ全力でシャボン玉/ジョーカー、リヒト


「リヒトくん、リヒトくん」となまえが寄って来たので、どうかしたのと振り返る。目の前に、ぱっとパッケージされた子供用のシャボン玉液が差し出される。
液体が入った容器が三つ、液につけて吹いて遊ぶ為の棒が三本ついている。

「これどうやって遊ぶんです?」
「……遊びたい?」
「はい」
「よし。じゃあそれは僕に貸して。なまえはジョーカーを呼んでおいで」
「イエッサー!」
「……この間の映画また見に行ったの?」
「三回しか行ってません」

真面目な顔でそんなことを言うが、普通はそんなに見に行かない。新しい価値観を取り入れるのはいいがその方向性だとやや心配になるなあ。インターネットを使いこなすようになってから語彙がちょっとおかしいし……。

「じゃあ、ジョーカー呼んできますね」

とはいえ、彼女の中で流行が過ぎ去れば元に戻ると知っているから、僕もジョーカーも好きなようにさせているわけだ。と言うか、話し方とかよく使う言葉は伝染するから気をつけていなければならないのは僕達の方だ。

「うん。ゆっくりでいいよ」

そして僕は預かったシャボン玉液のパッケージを剥ぎ取り、フタを開ける。
普通のシャボン玉液だ。
今のところは。



じゃあやろうか、シャボン玉。と、揃って地下から這い出してきた僕らは八割以上朽ちてしまって、天井のなくなったビルの中。手に子供のおもちゃを握りしめて立っていた。

「はい、先生。シャボン玉って何ですか?」
「石鹸を水に溶かした液体を、ストローみたいな細い管につけて息を吹いて、気泡を飛ばす遊びのことだよ」
「へえ」
「おい待て、いいから来いって言うから来てやったってのに、そんな意味のわからねえ遊びに付き合わされるのか?」
「はい、じゃあやってみようか。なまえのはこれね」
「ありがとうございます、先生」
「ジョーカーはこっち」
「いらねェよ。ここで見ててやるからお前らで遊んで来い」
「せっかくリヒトくんが誘ってくれたのに……」
「僕となまえが二人で遊んでいいならそうするけど……」
「お前らはどんどん息が合っていくなあオイ……」

渋々、と言う風でもないが、ジョーカーも僕からシャボン玉液を受け取って手の中で一周させていた。なまえがそうしてものを見るのを笑っていたくせに、自分もやっていることには気付いていないのだろうか?

「リヒトくんもやろう」
「うん、やるよ」

なまえがわくわくしながら僕の白衣の裾を引っ張ると、部屋着のジョーカーがむっとしてなまえの肩にのしかかった。「重い」「愛の重さだ。我慢しろ」なまえは無言で容器のフタを開けて、液体をつけると、ふう、と吹く。僕とジョーカーはなまえの無邪気な姿をそっと見ている。

「わ、できた」

そりゃあできる。対象年齢三歳以上の歴史ある遊びだ。しかし、なまえにとってははじめてのことで、またひとつ世界が広くなったと言える。光を反射して虹色に光るのを見て、あるいは、それが沢山空を飛んでいるのを見て、きら、となまえの目が光る。
もっと沢山飛んでいたらもっと綺麗だろうと、僕も参加する。大人になって、同年代の女の子に誘われてシャボン玉遊びをすることになるとは夢にも思わなかったが、これが案外面白い。
僕の吹いた分となまえの作った分とが、ふわふわと空中で漂って、時々ぶつかって一つになったり弾けてしまったりしている。
なまえが肩にジョーカーをくっつけたままくるりとこちらを振り向いた。

「リヒトくん、あれやってください」
「あれって?」
「シャボン玉の中にシャボン玉を入れるやつ……」
「なんでそんな技のことは知ってるの……? しかもそんな高等なことできないし……」
「じゃああれは……?」
「あ、あれってなに?」
「めちゃくちゃ長いシャボン玉……」
「専用の道具がいるね……」
「そうですか……」

見るからに落ち込んでいる。嘘でしょ……。いやいや、そんな大技の準備はない。けど気付いて欲しいことがある。

「いや、でもほら、みてこれ!」

丁度落ちてきたシャボン玉二つがぶつかった。しかし、その二つはお互いに反発し合うように跳ね返って割れることもひとつになってしまうことも無かった。

「あれ。割れない」
「なまえのシャボン玉液ね。ちょっと調合いじってあるから丈夫なんだよ。つついてもほら、大丈夫」
「へええ! じゃあ私のやつは強いんですか! リヒトくんのシャボン玉より!?」
「そうそう」
「すごい!」
「でしょ!?」

……どうだろう。これでお兄ちゃんの威厳を保てただろうか。なまえは新しくシャボン玉を作って今度はそれをゆっくり追いかけて遊んでいる。ああよかった。指を半分ほど飲み込んで、また空に帰っていくシャボン玉を見送っていた。
なまえは目を輝かせたまま「リヒトくんのやつと戦わせましょう」とこちらを振り向いた。いいよ、と答えた矢先。

「おい」

なまえから離れて一人でこそこそしていたジョーカーが得意気に笑う。

「できたぞ」

示す先には、シャボン玉。更に中にもシャボン玉が入っている。ちくしょうやられた。なまえは目をきらっきらさせながらジョーカーの方へ行ってしまった。

「あ! あー! どうやってやったんですか? 私にもできる?」
「できるんじゃねェか?」
「ほんと?」
「……」

取られた。残念だったなお兄ちゃん、と言うジョーカーの声が聞こえる気がする。

「おら、ジョーカー先生が指導してやるからこっち来い」
「わー、」

い、と、ただ無邪気に遊んでいるだけのなまえに、ジョーカーは唐突にキスをした。……僕もいるんだけど。なまえの表情はわからないが、顔を離したジョーカーが「あ?」と首を傾げている。

「なまえ?」

なまえはくるりと僕に振り返り、俯いたまま近くへ来ると、僕の後ろに回り白衣の中に入り込んだ。ぐり、と背中になまえの額が押し当てられる。「どうしたの? 歯が当たった?」「そんなヘマするわけねェだろ」なまえは「はぁ、」とため息を吐いた。

「今はそういう雰囲気じゃなかったとおもう……」

ああ、気持ちよく遊んでいたのに突然キスなんかされたから反応に困っている、のかな? いや、友達やってたのに急に恋人の動きされたから違うそうじゃないって気持ちなのかもしれない。

「あーあ……」

うん、後者の方が近そうだ。
僕も同調してなまえに合わせる。

「ごめんね、なまえ。ほら彼、なんだかんだ言って邪だから……」
「横縞はお前だろうが」
「「そういうのいいから」」
「……」

しばらく膠着状態が続いたが、その内、なまえはそっと僕の白衣から顔を出して、まだ空を漂っているシャボン玉を見上げていた。「きれいですね」そうだね、と頭を撫でるとジョーカーがなまえを引っ張り出して、ひょいと腕に乗せて、その流れでまた唇を寄せる。懲りないなあ。

「きれいだな?」

視線はなまえにしか向いていない。ジョーカー的には口説いたつもりなのだろうし、なまえも嬉しくない訳では無いのだろうが、なまえはまたまた微妙な顔をしていた。
僕はジョーカーがなまえの乙女心を掴めていないのがツボで、思い切り吹き出してしまった。
相変わらず面白い二人だ。


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20200129:シャボン玉で遊ぶ話です!あめさんリクエストありがとうございました!

 

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