理由は独り占めできるから/紺炉


単純に、鬱陶しい、と俺は大きくため息を吐く。
怒気を含ませた足音で近寄ってくる奴にじゃない。その音を聞くや否や顔を上げて、そわそわとそいつの来訪を待つでけェ奴にだ。
スパァン、と遠慮なしに襖が開けられる。一週間ほど前にも同じ光景を見た。以前は一月に一度くらいの間隔だったものが、ここ最近の頻度はなんということか。なまえも、そろそろ怒るのも面倒になってくるのではないだろうか。

「紺炉さん!? またウチのお得意さんを賭場でボコボコにしましたね!!?」
「ん? ああ、やけにつっかかってきたと思ったら、あいつはお前のとこのお得意さんだったのかい」
「もう! 毎週決まった数買ってくれるからそれ計算に入れて商売してたんですからね!」
「そりゃ災難だったなあ」
「貴方のせいなんですけど!!」

なまえは、浅草だけではなく皇国の方にも支店を持つ和菓子屋の社長だ。俺と同じ歳で大したものだが、見た目はもっと子供に見える。スーツも着ずにぼうっとしていれば、未成年にも見える程だ。小柄で童顔、そして、紺炉のお気に入り。
一度や二度なら「まあそういうこともあるか」「立ち行かなくなるまで賭けをする方が悪い」となまえも気にしていなかったのだけれど、被害者の会の連中から「ふっかけてきたのは紺炉」であると聞けば、そりゃ黙っちゃいない。
いい大人が情けねェ、下手くそな悪戯を仕掛けている。

「聞いてます!?」
「聞いてる聞いてる」

紺炉はわざとらしくなまえの前にしゃがみこんで、なまえは目の前に現れた憎たらしい顔を掴んで引っ張ったりしている。……その間の紺炉の緩みきった顔と言ったら無い。いくらなんでも露骨すぎる。気付かないなまえでは無いと思うのだが、今は怒りでそれどころでは無いのだろう。バカにされている、と思っている。

「ああもう……、ホントやめてくださいね」
「おう」
「先週も全く同じこと言ってたんですけどね?」
「そうかい? よく覚えてんなあ」

そこは嬉しそうにするところではない。とは言え、最近の頻度はさすがに迷惑だろう。客を破産させると確かになまえはここに来るが、その時間でできたはずの仕事はできていないわけだし、見込みの売上はないわけだ。

「ホントにやめてくださいね! じゃあ帰ります!」
「もう帰るのかい? 二人で茶でもどうだ?」
「そんな時間ありませんけど……?」

「じゃあ、お邪魔しました!」となまえが叫んだ所で、俺が重い腰をあげる。この提案は、きっとなまえの為にも、紺炉の為にもなるはずだ。

「なまえ」
「ああ、紅。なに?」
「お前、一月あたり一日くらいなら暇な日作れるか?」
「え、あー……うーん……なん、とか……?」
「おい、紅……」
「じゃあその日、第七の詰所に遊びに来い。それなら紺炉も大人しくしてるだろ」
「え……?」

そんなことで? となまえは紺炉を見上げると、紺炉は一ヶ月に一度の方が良いか、今のままの方が良いか、どちらへ転ばせる方がなまえにより長い時間構って貰えるか考えているらしい。顎に手を当てて真剣な顔でなまえを見下ろしていた。
おそらく詳細はわかっていないだろうが、なまえは、これは行けると踏んだのだろう。紺炉から手を離してぱっと部屋の出入口まで移動する。すれ違いざまに「ありがとう、紅」と言われた。俺は至極どうでもいいのだけれど、紺炉があまりに鬱陶しいからしただけだ。
紺炉がその気持ちをどう処理するのかとか、この気丈な女がどうするのかとか、そんなことには微塵も興味が無い。

「じゃあ、来月の今頃に」

もしまた、今日みたいなことがあれば忙しくなるから、来られませんからね。この上なく正しい位置に釘をさして、なまえはひらりと帰っていった。
阿呆みたいな話である。なんにも面白くねェ。……ただ、賭場でなまえと関わりのある男を見つけても、勝負を吹っ掛けずじっと耐える紺炉を見るのは愉快だった。


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20200123:構われると嬉しい大人を書きたかった。

 

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