新しい感情の使い方/52


なまえの言うことは、よくわからない。

「いや、ね、なんでこんなにかわいいのかってね……」

バーンズにくっついて地下にやってきたなまえという女が、どういうわけかそのバーンズよりも俺に構う。外の食い物を持ち込んだり、本や写真を持ってきたりする。何故、と聞くと「それはもう52くんがかわいいからかな」と真剣な顔をして言うのである。真顔とも言う。

「かわいくはない」
「いやあかわいいね、誰がなんと言おうとかわいい。かわいいの権化」
「ごんげ?」
「かわいいが姿を得たらきっとこうだねって言う」
「ふーん」

バーンズが連れている(わけではないのかもしれないが)だけあって色んなことを知ってもいる。質問したら大抵の事は返ってくるし、その答えのほとんどがバーンズのものと必ずしも同じでは無いから面白い。ちなみに、バーンズに「かわいいってなんだ?」と聞くと「イメージは……」とそこでしこたま間をあけて「小動物……だろうか」と言っていた。
なまえは間をあけずして「52くんかな!」と拳を握りあまり参考にならなかった。真面目に答えろ、と怒ると「胸がこう、きゅんきゅんいったらかわいいものを見てるってことなるんじゃないのかな。かわいいと感じるものはほら、人それぞれだしね。これってものをあげるのは難しいよ」と、本当に真面目に教えてくれた。ひょっとしたらなまえは、バーンズよりも人に物を教えるのが上手いのではないだろうか。
特殊消防隊に戻れば、そういうこともあるのかと思うと、変な気持ちになった。

「ああ、そうだ。今日はね、こっそり浅草で買ってきたたい焼きを持ってきてみました。一緒に食べよう」
「たい?」
「実物は赤い魚だね。めでたいとかって」
「……赤い魚?」

手渡されたのは確かに魚の形をしているが、赤くはないし、そもそも魚ですらない。なまえが口に入れるから俺も続く。なまえが持ってきてくれるものはいつも美味い。どうして持ってくるのかと聞いたら「普通に贔屓にしてる」と笑っていた。「かわいいから」と。
ぺろりとたい焼きを平らげた俺を、なまえが撫でる。最初はなんだか気恥ずかしかったが慣れてしまった。のだが、何かを食ったあと、とか、夢中に写真を眺めたあと、なまえはいつもの真顔で神妙な顔ではなく、平和そのもの、みたいな顔をして笑うから(平和の権化?と言えるのか?)ぎゅ、と口を引き結ぶ。
この顔。

「かわいいなあ、大きくなったらかっこよくなっちゃうんだろうなあ」
「かっこいいのほうがいいだろ」
「いやあ、20代後半とかになった時さ、とんでもない色気爆発のお兄さんになられたらこう気軽に頭も撫でられないわけじゃんね……」
「それ、ダメなのか」
「いや、駄目ってことは無いけど手放しで可愛がれるのは今だけかなーって」
「……」
「ね」

あ、また。
俺はなまえが作るその笑顔にどんな気持ちが込められているのか分からない。ただ、ほんの少し寂しそうなのはわかって、じっとなまえと目を合わせる。
すると、なまえは軽やかに、やや頬を赤くしてへら、と。

「今の」
「ん?」

がし、となまえの顔を掴む。「!?」となまえが驚いているがそれどころではない。今、なまえのことが分かりそうな気がした。

「なあ」
「はい」
「もしかして今のが、かわいいじゃないのか」
「うん?」

びっくりしすぎてはじめて見る顔をしている。ああ、まただ。困惑した声もそうなる要因だと気付いて、それは、見た目だけの話に限らないのだと理解した。

「え、なになになに?」
「もう一回笑ってみてくれ」
「ええ、な、なんで? どうした?」
「それは、かわいい、なんじゃないのか」
「へ?」

なまえが目を見開いて、その後斜め上から対角線上に視線を泳がせた。「あー……」と言いながら、俺の手を外そうとしているけれどあまり力が入っていない。俺が全然離さないから、なまえは両手で自分の顔を隠してしまう。

「ちょ、ちょっと、一回離して……」

赤い頬と、赤い耳を見てしまった。
きゅん、となまえの言った通り、確かに音がする。音がする、と言うより、そう収縮しているイメージだろうか。やはり。これが。

「かわいい」
「うわあー!やめてくださいやめください!なんでそんないきなりこんなことに!?」
「なあ、なまえ」

する、と頬を撫でるとなまえの体がびくりと震える。

「顔、見せてくれ」

なまえには、俺がこんなふうに見えていたのか。なるほど構いたくなる気持ちもわかるし、いろいろなことをしてみたくなる気持ちも分かる。俺もなまえのいろんな表情を見たいのだが、困ったことにできることが少なすぎる。

「ほんとに……勘弁してください……」
「手、退けてくれ」
「無理無理変な顔してるもん」
「どうしてだ? なまえはいつもかわいいぞ」
「いやいやいやいや、いつもそんな感じじゃなかったじゃん」
「今気付いたんだ。俺はなまえをかわいいと思ってる」
「ひいい、この子やばい、この子やばい……」

勢いよく俺の手から離れて、体を抱えて丸くなってしまったなまえに、そっと近寄って、なまえがいつもするように頭を撫でてみた。なまえが大人しくしているのは可愛いと思うけれど、それとは別に、触れているとどきどき言う。
これは。一体? わからないことはなまえかバーンズに聞けば大抵なんとかなる。とりあえず。

「なあ、なまえ、俺、お前に触れているとーー」

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20200121:ベタベタに甘やかす話にしようと思ったら口説かれる話になったので甘やかす話は次ですね…

 

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