「おつかれさま」/桜備
食堂のテーブルが華やかになっていた。どうしてだろうかと考えると、すぐに、昨日まではなかった花が飾られているからだと気付く。
花びらは窓から太陽の光を受けて、柔らかく、ゆっくりと呼吸している。
「こういうものがあると、それだけでも和むもんだな」
「そうですね」
他人事のように火縄が頷いたから、やはり、これをやったのは。
昨日、抱えきれない程の菓子を持ってやってきたなまえの姿が思い出される。その日の休憩時間は豪勢だった。どこで勉強してきたのか、いつものお茶が数段美味しかったりだとか、菓子も、見た者を飽きさせないようにだろうか。形が多種多様で、アーサーとシンラ、シスターもタマキも、みんな無邪気に取り合いをしていた。
「事務所の窓も綺麗になってました。掃除はしっかりしてるつもりでも、案外適当にこなしがちなのかも知れませんね」
「なんか空気いいと思ったらそんな事までやってったのか!」
一体いつの間に。こうなってくると、まだまだ気付いていないことがありそうだ。……俺としては、やってくれたこと全てにお礼を言いたいのだけれど、気付かせて貰えないから困ったものだ。
「素敵な人ですね」
「!? いくら火縄でもなまえはやらんぞ!!」
「取りません」
いえ、違いますね。と火縄は小さく笑ってみせる。
「俺程度じゃ、取れませんよ」
……それはそれで恥ずかしいのだが。「ならいいんだ」と勢い余って握った拳を解いて、もう一度花を見る。買ってきたのか貰ったのか。花の種類に意味はあるのか無いのか。後でリヒト捜査官にでも花の名前を聞いてみようか。
「ああ、あと、冷蔵庫の中も整理されてました。後で確認してみては?」
「冷蔵庫まで……? そうか、わかった」
ありがとう、と話はそこで終わったのだけれど、なるほど事務室に戻ると窓がキラキラ光っているし、枠にもホコリひとつない。……なまえがやってくれることの全部に気付けたらいいのだが。まあ次に会った時にでも、たっぷりお礼をするとして、などと、気が緩んでいた時。
「ん?」
喉が渇いて冷蔵庫を開けると、秋樽桜備と書かれた紙袋。こんなんあったか?
「あー……」
開くと、居てもたってもいられなくなって大隊長室に戻って受話器をあげた。本当は今すぐ会いに行って抱きしめたいくらいなのだけれど。ああ、本当に。呼出音がぷつ、と途切れて、「もしもし、」と彼女の、なまえの声が聞こえてきた。ありがとう、と言うつもりだった。
「愛してる」
袋の中身はビールとつまみと一枚のメモ。軽やかな文字で「おつかれさま」と書かれただけのメモが、こんなに愛しく思えるなんて。
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20200120:「え、あ、ああ。秋樽さんか。どうしたんです?」「どうもこうもない……、どうもこうもないんだよ……」「え、な、泣いてます?」「泣いてるよ、どうしてくれるんだ……」「え、私のせいですか?」「そうだ……、責任取ってくれ……」「ええ?」