「いい天気ですね」/紺炉


気配、みたいなもので気付いてしまった。重症だ、と思いながらも正面に立って見上げてもらう。一度、視界に無理やり入り込もうとしゃがみ込んだから「子供じゃないんですから」と笑われてしまった。同じ目線で笑顔を見られたのは大変に良かったけれど、今日はしない。
進行方向に突如として立ち塞がった俺だが、きっとこいつももうわかっているだろう。その証拠に「紺炉さん」とぱっと明るい声音で言いながら、顔を上げた。神ってのは、本来こう言う素朴なところに宿るに違いない。なまえは当たり前のように微笑んで、ほわりと周囲があたたかくなる。
誰にも見つからないように隣に立って一緒になって歩き出す。

「目的地、反対じゃないんです?」
「帰るんだろ? 送ってく」
「なるほど、それでは昨日作った甘味をお出ししなければですね?」
「いやいや……、そう気にしねェでくれ」
「ならせめて持って帰って紅ちゃん達と一緒に食べてください」
「そうなるのか……、なら、食って帰るかな……」
「うん。そうしてください」

悪いな、いえいえ、と言い合ったところでピタリと会話の流れが止まる。沈黙が気になるような仲でもないが、気の利いた事を一つでも話してこの時間を面白くしたい気持ちはある。
こいつが俺を選んでくれる要素は多ければ多いだけいい。そのたったひとつが勝敗を分けることになるのだと、俺はよく知っている。「それにしても」揺れる、しっとりとしたまつ毛を見ながら言う。

「いい天気、だな」

なまえはくるりと手の中の傘を遊ばせた。

「はい。丁度いい雨の日ですね」

畑の水やり、お天道様にやって貰っちゃいました。と、なまえは笑っているが。俺は改めて空を見上げる。
……。そういやあ、雨だった。
あんまり気分が良くなかったはずなのに、こいつにかけられた魔法は相当に強力だ。傘の下から覗き込むなまえは、つくづく、なんでも味方にしてしまう。


-----------
20200114:書くことに困った時のなんでもない言葉シリーズ。

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -