家庭教師は向いていない/リヒト


私が中学校に上がると同時に家庭教師としてやって来たこの人は多分だいぶ変な人だ。元々は兄の知り合いらしい。そしてもう五年ほどの付き合いになるが全く分からない。週に二回家に来ては私に勉強を教えて帰っていくだけの人だ。いや、だけの人、ならまだ話は簡単だったのだけれど。

「なまえちゃん……、この前の中間テストはどうだった……? そろそろ全教科答案返ってきた頃なんじゃない……?」
「ああ、はい。どうぞ」

何故か神妙な面持ちで(いつもだ)私からテストの答案(それがどんな些細なテストであっても)を奪い取り、そして全部確認した後に嬉嬉として言う。

「すごいじゃん! 全部90点以上だよ! ご褒美あげなきゃ…! おいで! ハグしてあげるから! 今ならキスもつけちゃうよ!」
「結構です」

こういう冗談がよく分からない。もしかしてウケると思ってやっているのかもしれないが、笑えない冗談な気がしてならない。そして、いらないと言った時の反応も不思議で、どうにも本気で落ち込んでいるように見える。

「嘘でしょ……? なんでそんな冷めてるの……?」
「ポケットに飴入ってます?」
「あるけど」
「それ下さい」
「ええ……?」

まあいいけど、と先生、ヴィクトル・リヒト先生はポケットに手を突っ込んでごっそり飴を取り出した。手の上に山になるくらいにある。やたらと黄色い飴が多い。本当にこの人はどういう人なのか。五年経ってもよく分からない。

「はい、好きなのいくつでもどうぞ」
「……あれあります? 前貰った、ええと、のど飴」
「え、前って、もしかして龍角散……?」
「ああ、はい、そんな名前の」
「折角……、君が好きだって言ってた柑橘系の飴取り揃えてきたのに……?」
「えっ、そうなんですか、じゃあ、こっち」
「と言いつつのど飴もあるから、それがいいならこっちをあげよう。はい」

個包装じゃないから袋ごとね、と貰ってしまったが、この人……。

「いつも思ってたんですけど、飴が好きなんですか?」
「いや? 飴が好きなのは君だろ?」
「私は別に……、チョコのが好きですけど」
「え……? ホントに……?」
「え……?」

先生は思い切り暗い顔をして頭を抱えていた。「そんな……これで……掴みはバッチリだと思ってたのに……」「好きなものをあげてれば……ついでにと思ってたのに……」「情報収集が甘かった……」などとぶつぶつ呟いた後、ふう、と一つ息を吐いて、「じゃあ今回間違えちゃったところの復習だけど」と突然授業モードに切り替わり、そこからは完璧に先生だった。
間違えの傾向や次やらない為にはどうするか、なんかを的確に提案していくので、頼りになる、と、私は思うのだけれど……。

「先生」
「ん? どこかわからない?」
「いえ、飴、ありがとうございます。大事に舐めます」
「え、僕を舐めるの?」
「言ってないです」

うん。やっぱりわからない。
貰った飴を口に放り込んでノートに向かう。のど飴の味がする。……飴なんて、あまり食べたことがなかったんだけれど。この人がくれる飴玉は美味しいから好きだ。……お菓子としての好感度は、チョコに勝てないけど、ああ、いや、どうだろう。

「ちなみに、どんなチョコが好きなの?」
「いいですよ、飴で」
「チョコのが好きなんでしょ?」
「自分で買うのはそうですけど、先生がくれる飴はチョコと同じくらい好きですよ」

がたっ。

「え……? 今先生が好きって言った?」
「言ってないんですよね」

この人の考えることはひとつもわからないが、この時間が嫌いでは無いのは、確かだ。


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20200112:軽率に上げたいシリーズそのに。

 

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