眼鏡事変/ジョーカー


ひどい夢を見て飛び上がった。いや、いつも夢見は良い方ではなく、大体悪夢ばかり見るのだけれど、今日のはいつものとは違ったひどい夢だった。なんだ。あれは。

「……」

慌ててジョーカーを探すが秘密基地にはいないようだ。気を紛らわせる為にリヒトくんのところへ行くと、私は相当変な顔をしていたらしく、リヒトくんに会うなり「体調悪い?」と聞かれてしまった。

「体調、体調は、悪くないです」
「じゃあどうしたの?」
「体調じゃなくて、ちょ、ちょっと、あれ、あの、リヒトくん、ジョーカー、ええと」

口が回らなくて上手く言葉が出てこない。あの夢は相当なダメージを私に与えたらしい。あたふたとしていると、リヒトくんが立ち上がって、私の肩をがしりと掴んだ。私の両目を覗く黒い目が、私を心配して揺れている。

「お、落ち着いて、本当にどうしたの」
「ジョーカー、いませんか」
「いないね……」
「……そう、ですよね」
「え、本当にどうしたの? 大丈夫?」
「だいじょうぶ、ちょっと落ち着いて来ました」

落ち着け。あれは夢だ。だから、私が気にするようなことはないし、夢だったのか、よかったで済む話だ。今日は特別な日でもなんでもないし、正夢になるかもなんて考えるべきですらない。今もし、やれることがあるとするならば……。

「あの、リヒトくん」
「ん?」
「眼鏡あります?」
「め、眼鏡? あるけど……」
「借して下さい」

リヒトくんは首を傾げながら私の事を観察している。体調は悪くない。痛むところもない。だから、何も発見できないはずだ。痛むと言うか、落ち着かないだけだ。理由は、原因は、さっきみた夢。

「え、な、何に使うの?」
「顔に掛けます」
「そ、それはそうだろうけど、そうじゃなくて、目、見えづらい?」
「いえ。見えます」
「じゃあ、なんか、ホコリとか花粉とか?」
「いえ。違和感はないです」
「じゃ、じゃあどうして……?」

体に異常はないらしいとわかって肩を離してくれたが、依然膝をついて私の顔色を窺っている。夢を見たことくらいは言った方がいいだろうか。何も聞かないで欲しいのだけれど、協力してくれる以上、情報の一つくらい、提供しないと公平ではない、のかも。

「……、夢を、見まして……」
「夢……? どんな……?」
「……言わなきゃいけませんか」
「(あッ、反抗期だ……)」
「今……、反抗期だって思いましたか……?」
「思ってない思ってない。わかる。言いたくないこともあるよね」
「そうなんです。借りていいですか」

リヒトくんは少し考えていたけれど、うん、と頷いてくれた。

「わかった。いいよ」



さあてここからだ。
私は記憶を頼りに眼鏡をかけて少しだけ髪型を弄った。鏡で確認すると、ジョーカーのようなポニーテールになった私がいる。うん、こんな感じだったはずだ。
そして、ジョーカーを部屋で出迎えた。
ジョーカーは入ってくるなり、いつもと違う空気感にぎょっとしていた。

「ジョーカー、おかえりなさい、ちょっと何も言わずに私に告白してくれませんか」
「……まず、そうだな、おう、ただいま」

……、……、……。
たっぷり、三秒はあっただろうか。

「あー、どうした?」
「どうもしません。何も聞かずにちょっと私に告白してみてくれませんか?」

……、……。
ジョーカーは極めて真面目な顔をして言った通りにしてくれた。

「好きだ」

が、しまった。夢ではこうではなかった。要求を足さなければいけない。

「……言うついでに抱きしめてもらっても?」
「あ?」
「はい、テイクツー」
「お前は、変な言葉ばっかり覚えて来るな……」

言いながら、また、呆れた顔をしながらも言った通りに抱きしめてくれた。

「好きだぜ」
「……はい! ありがとうございました! これでオッケー!」
「何が」
「お疲れ様でした! 解散!」

私にも羞恥心というものは存在する、故に、結構恥ずかしいことをした自覚がある。ので、終わったら即退散で照れ隠しだ。走って部屋を出て行こうとすると、それより早く扉を押さえられた。
そして、腕を掴まれて、肘の上に乗せられる。いつもの位置だ。逃げられない。
私はジョーカーから顔を逸らす。「なあ」

「なんで眼鏡してんだ」
「何も聞かない約束です」
「してねェよそんな約束」
「しました」
「してねェ」

全く降ろしてくれる気配がない。

「なんで告白させた? 告白させたならお前も俺に告白しろ」
「好きです。以上! 解散!」
「それどこで覚えて来た? また変な映画観たな……?」

変な映画ではない。これは、インターネットをしていたら見かけた言葉だ。が、今はそれは関係ない。ぐ、と唇を引き結んで黙ってみる。言わないアピールなのだが、これは年々通じなくなってきた。少しずつ話をする覚悟を決めながらも抵抗する。

「……」
「隠し事か? 寂しいことするじゃねェか」
「……話してもいいんですけど、笑いませんか?」
「笑わねェよ。俺がお前を笑ったことあったか?」
「いっつも笑ってますよ、ジョーカーは私のこと」
「そうか?」

……仕方ない。こういうのは勿体ぶると余計に笑われる。言うのならさらっと言ってしまったほうがいい。
声の音量を落としてぽつりと教える。

「夢をね、見たんです。ジョーカーが、知らない眼鏡の女の人に告白する夢です」
「……あ?」

ジョーカーは目を丸くしている。「ああ、つまり、だ」笑わない約束は多分、果たされない。絶対。絶対笑われる。

「それで、逆にフラグを回収しちまおうってことで、お前が眼鏡かけて俺に告白されたわけか?」

……、……、……、……。
今度はたっぷり五秒はあった。

「そういうことになりますね」
「……お前」
「笑わない約束ですよ」
「……ッ」
「笑わない、約束ですよ!」

私は床に降ろされて、ジョーカーはその場に膝をついて、口元を押さえていた。小さくなったジョーカーの隣にしゃがみ込むと、地下に、ジョーカーの笑い声が響き渡る。

「ッく、は、ハハハ、お前、そ、それ、な、なんだそりゃ、ッふ、」
「笑わないって! 言ったのに!」

悪い悪い、と謝りたいようではあるが、まったく、まったくもって言葉になっていない。だいたい全部笑い声だ!

「じゃあ聞きますけど! ジョーカーは私が知らない眼鏡かけた男の人に告白した夢見ても平気ですか!」
「ッ、く、へ、平気じゃあ、ねェ、が、ッくく、自分で実演は、し、ねえ、よッ、ハハハハハ!」

ひいひい言いながら笑っているので、私はそっと怒るのをやめた。もういいや。やることはやったし、ジョーカーは楽しそうだ。

「……もう。いいですよ、面白かったなら。そんなに笑ってるの久しぶりに見たし、良かったです。笑うのは健康にいいんだって」

息を切らしながら顔を上げて、目の端を拭いながら「もう一回してやるよ」と眼鏡の位置を直されたけれど、もういいです、と眼鏡をリヒトくんに返しに行った。ら、部屋から出たところでリヒトくんも爆笑していた。もういい。不貞腐れてやるッ。


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20200107:アンケートで固定主一番取ってくれて嬉しいです…。

 

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