わたしの飼い主と君のこと(J)/ジョーカー
あっ。違う。私がドアから顔を出して見上げていると、その人間は「なんだ。お前だけか」と息を吐いた。こちらの台詞だ。帰ってきたと思ったのに。
するりとソファの上に戻って丸くなった。
「構ってやろうか、ほら」
と、わたしの前にしゃがみこむが、そんな気分ではない。なにかおいしいものでもくれるのなら考えるけれど。
ふす、と鼻を鳴らすと、このひとは、不機嫌にしっぽを振るわたしとは真逆に、ふふ、と、幸せそうな音を出していた。「お前は相変わらず、飼い主にそっくりな顔してんな」飼い主、と言うのはあの子のことなのだろう。
顔を上げると、人間なのに黒い猫のような姿のこいつが立ち上がって、あの子がよくくれるのと同じおやつをわたしにくれた。
「その顔は、そんなことよりなんか美味いものでも寄越せって顔だぜ」
しかたがない。食べてあげよう。そのあと、あの子の帰りをふたりで待った。膝の上に乗ってあげると、満足そうに背を撫でてくれた。あの子がしてくれるには及ばないけど、悪くない。
「あれっ、来てたの」
「よう、おかえり」
「ただいま」
わたしも同じように「にゃあ」と声をかけるとわたしの頭を撫でながら、もう一度「うん、ただいま」と言ってくれた。「なんだか満足そうだね。ジョーカーにいいもの貰った?」いいもの、という程でもない。ただ発見はあった。貴女の膝より広いから、寝心地がいい。
「おっ、羨ましいか」
少し雑に触られたから飛び降りて、改めて、おかえり、と足にすり寄った。
「あーあー、ジョーカーそんな黒い服で猫触るから……」
「……なんでこんなに付くんだ」
「猫とはそういうものです」
あっ。それは気持ちいいやつだ。毛が浮いて困っている時にやって貰えると、嬉しいやつだ。
「はい、ガムテープ」
「取ってくれ」
「ええ?」
黒いのはなにやら甘えているようだが、そんな甘え方ではわたしには勝てない。わたしが足元で鳴いて見せれば、この子はしゃがみこんでわたしの体を触ってくれる。
「よしよしよし、毛を毟ってあげよう」
「おい、そっちじゃねえよ」
ふふ、と。まったくちがう姿かたちなのに、何故かよく似た声が降ってきた。
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20200106:猫視点と言うやつだ。