犬猫戦争/52vsリヒト


なまえが少年を連れていた。見たことがないようで、よく知っているような気がする少年だった。なまえの影に隠れるように立っていたのに、僕に気付くと僕となまえの間に入ってきた。あれ。

「ジョーカー?」
「の、たぶん、十年くらい前の姿だよ」
「……なまえ。この胡散臭い奴が今の俺達の仲間なのか?」

不満そうな顔と、確かめるようになまえを見つめる視線がそっくりだ。「ああ、うん……、ジョーカーだ……」疑っていた訳では無いが改めて思う。「そう、ジョーカーなの」となまえは軽い調子で言う。
なまえがそんな調子だと、近所の猫でも見せられているような気持になるが。

「って……、いや……、え?」
「理由は私にも52にもわからない。以上! 報告終わり!」

なまえは満面の笑顔でそう言うと手を打って、「とっておいたプリンをあげようね」などと52を甘やかす用意をしていた。



とりあえずは深く考えても仕方ない、となまえは状況を楽しんですらいる。52もそんななまえに引っ張られて、リラックスした様子である。
……それにしてもよく構う。なまえはいつも、酔って面倒くさくなったジョーカーに絡まれながら「52時代は可愛かったなあ」などとジョーカーを引き離していたのだけれど(ジョーカーは「照れ隠しに決まってんだろ、52は俺だぜ」と自信満々に言っていた)、これはどうやら、本当に、52の方が可愛い、と思っている。

「よしよし、52はほんっとにかわいいね」
「今の俺はそんなにひどいのか」
「まあ好みではない」

……それにしても、よく、構う。(そしてあまりにも、一刀両断すぎる。確かにいつも髪が鬱陶しいとか筋肉の圧が強いとかぼやいてはいるが)
52もなまえに構われるのは(当時から特別好きだったのだろう)満更ではなさそうで、ジョーカーにやられたら「やめろ」「暑い」と引き離していることでも彼には許している。まるで擦り寄る犬を可愛がるように、なまえの手のひらが52を撫でている。完全に独り占めしている。僕やジョーカーが欲しくてたまらない彼女の熱を一身に受けながらなまえについて歩いている。

「かわいい、かわいい……、あーかわいっ」
「……」

どこがかわいいのだろう。いや、言わんとするところは分かるけれど、52のなまえを見つめる目は甘く蕩けそうに熱くて、部屋に二人きりにしてしまったら最後、なまえはぺろりと食べられてしまうことだろう。男は狼だ。
別に今のジョーカーは、ジョーカーであってジョーカーではないわけだからいいかと思っていたが、視線に欲望が剥き出し過ぎて良くなくなってきた。どうにか正気を取り戻させようとなまえを呼んでみる。

「ちょっと、なまえ」
「ん?」
「!」

呼べば、僕の方を見て手を止めた。「ちょっと来て」と手招きすると立とうとしたのだが、52に服の裾を掴まれてソファに逆戻りしていた。

「なまえ、もっと」
「ごっっっめんリヒトくん、あとでいい?」

あんまりだ。きっと彼は、なまえの好みの真ん中にいるのだろう。素直に甘えて擦り寄ってくるのもポイントが高いのかもしれない。そして年下、いや年下というのがプラスに働くと言うのなら、僕だっていっていけなくは……。

「ダメだもう、かわいい、なんであんな風になっちゃったんだろう。もうちょっと52要素残しておいてくれたら良かったのに。あー……」
「なまえ? 泣いてるのか?」
「いや泣くよねこれはね、52ほんと……、52……」

駄目だ、もう二度とないと思われていた52との再会に語彙力を失ってしまっている。甘やかしが止まらないし「慰めてやろうか……?」と言うそこの少年。腕を広げてなまえを丸ごと包む構えをとっているがいい加減にしてもらわなければ。
僕もなまえの隣(腕が重なるくらいに近く)に座り、目を丸くするなまえにぐっと拳を握る。

「……」

いや、どうするんだ。
えーと、あーーーっと、勇んで握った拳は僕の膝の上に戻ってきた。なまえがきょとんとこちらを見上げていて、52は舌打ちしそうな不機嫌な顔で僕を睨んでいる。
だから、その。

「僕、にも、して よ……」

なまえは僕を見たままがちりと固まる。そして両手でがし、と頭を掴んで本当に僕にもしてくれた。「わっ、」なまえの指が触れた瞬間、体の温度が五度くらいあがって、なんだか、花のような甘い匂いが満ちた気がした。驚きのリラクゼーション効果だ。
ちらり、となまえの顔を盗み見る。……。52を見るのとはまた違う……。

「な、なんで真顔?」
「新しい扉を開いたような気がして」
「なまえ、なまえ。俺は、?」

俺はじゃないぞコノヤロウ。しかしなまえは今僕らに優先順位をつけることはできないらしい。広げられた両腕の中に、二人まとめて閉じ込められる。「ああ」苦しげなため息が顔の横で息を吐いた。

「私は一体どうしたら……?」

深刻そうな声で、なまえはそう呟いた。なまえがあまりに真剣だから、そこに愛が形として見える気がして黙ってしまう。
それはそれとして触っては貰いたい。僕達は気が済むまでなまえに撫でられていた。



そんなことがあったから、時々なまえが僕を撫でてくれるようになってしまって、ジョーカーに睨まれることになるのは、また、別の話だ。


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20200104:研究室入ったらどっちも小さくなってる話も閃いている二枚貝の絵文字。

 

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