ベストショット・後/紅丸


なまえの体には大きな傷が残っている。細かいものは跡形もなく消えただろうが、一際大きいそれだけは残っているし、なまえは時折、本当に時々、その傷の辺りにそっと触れて、寂しそうな顔をする。



はあ、と。
部屋で一人でため息を吐く。いつもならば、紅丸さんの部屋にいて、他愛のない話をしている時間帯だ。
上手く話せない、と言うよりは、何を話すべきなのかわからない。辞退してしまえば楽になるのかもと思ったけれど、私があのカレンダーを発売して欲しい理由はよく撮れているからというそれだけじゃない。
実の所。私は元気にしているのだと、伝わって欲しい相手がいるから、でもある。直接会いには行きたくないし、私も、(きっと向こうも)会いたくはないからこの程度なら丁度いいかと、そんな風に思ったのだけれど。
……、もう一度、理由を聞いてみようか。
結局、ダメだからダメだとしか言われていないから、余計に納得いかないのである。納得させて丸め込んでもらえさえしたら、素直に従うこともできるだろう。

「あんまりしつこくするのも、良くはない、か」

私は元々は居候で、命まで助けて貰って、本当はわがままなんて言える立場にない。これ以上駄々をこねるようなら、叩き出されたっておかしくはない。もし、これがきっかけで煩わしいと思われたら、面倒だと思われたら、
そうしたら、
私、は。

「ここにも居られなくなる、のかな」
「ふざけんな」

独り言のはずだったのに、襖がスパーンと開いて紅丸さんが私の部屋に入ってきた。「紅丸さん」名前を呼ぶと真正面にしゃがみこんで私と目線を合わせた紅丸さんは、ぐっと私の体を抱いた。抵抗する理由はないから、体を預ける。

「お前が帰ってくる場所はここだろうが」



詰所に思い空気が漂っている。てっきり仲直りまで済ませて帰ってくると思っていたのだが、なまえもこの件については紅に譲ってやることは出来ないらしい。

「それで? どうすんだ、紅」
「……あそこまで言ってんだ。好きにやらせる」

はあ、とかなり嫌そうではあるがそう言いながら頭をかいた。……絶対にダメだの一点張りかと思ったが、知らない間に紅丸も成長していたらしい。

「あ? なんだその顔。喧嘩売ってんのか」
「いや、そうか、それなら安心だな。なまえの部屋に行ってやんな」
「ああ」

つい世話を焼きたくなって用意したものがあったが……。俺は左手に握っている紙袋を持ち上げて言う。

「じゃあこれは必要なかったな」
「? なんだそりゃ」
「なまえが着てた水着一式だ。借りてきたんだが、いらねえな」

紅丸はピタリと動きを止めて俺の傍に戻ってくると、

「いるに決まってんだろ」
「あ」

水着の入った紙袋をひったくって行ってしまった。早足だった。…………さて、人払いだ。



「せっかく綺麗な感じじゃなかったですか……?」
「あ? どこも汚くはねェだろ」
「……そうですか? 私はどうも騙されたような気分になってるんですが……」

なまえに「許可してやるからもう一回こいつを着ろ」と紙袋を押し付けたら「……」となんとも言えない顔をした後「着替えるからちょっと出てるか向こう向いてて下さい」と言われた。素直に従っておくかと後ろを向いて、衣擦れの音をじっと聞き込みながら待っていると「いいですよ」と声が掛かる。
振り返ると、布団の真ん中にちょこんと座り込むなまえの姿。
下はビキニなのだが、シャツを着ているから露出は少ない。しかも足を畳んでいるから見えているのは膝から下と、腕と胸元……。まあ十分だ。
そうっと、指先でシャツの裾を掴む。

「……」
「っわ、な、何するんです!?」

がっ、と掴まれて止められた。顔を近付けて「駄目か」と聞いてみる「だっ、駄目、ですよ!」仕方ないから一度手を離して、ばさり、とカレンダーを床に投げる。同じ水着の同じ人間が目の前にいる。

「ここまでは、この世界の誰でも見れる訳だ」
「ここまで……? まあ、そう、ですね」
「で、見えない部分は見たやつが勝手に想像するだろうな?」
「えっ、そ、そういうものですか?」
「俺には、何もかもを先に改める権利があると思ってんだが、違うか?」
「……紅丸さんそれ、いいから脱げって言ってませんか? 大丈夫ですか?」
「その通りだ。いいから脱げ。俺に全部見せた後なら水着くらいいくらでも誰にでも拝ませてやる」
「ひえ……」

なまえはしかし、観念したように息を吐いた。我を押し通す為に、必要な事だと判断したらしい。シャツに手をかけて、躊躇いながら俺に言う。

「……知ってると思いますけど、あんまり、綺麗じゃないですよ」
「知ってると思うが、俺はお前の体のどこにどんな傷があったか鮮明に覚えてる」
「わ、忘れてくださいよそんなもの……」
「その上で、見せろって言ってんだが?」
「……」

なまえは裾にかけていた手を離して顔を覆う。「もうこの人は……」と小さくなっているところ悪いが、これ以上は待ってやらない。了承も得たところで俺が代わりにシャツを捲り上げる。想像よりも薄い生地で、名前の僅かな(本当に僅かな)熱を吸って少しあたたかい。
取り去ってしまえばもう用はない、シャツを放り投げると、下着同然の格好のなまえが、俺を見上げている。

「……」

ごく、と唾を飲み込み、不安そうに見上げるなまえの腹の辺りに手のひらをのせる。「っ、」息を飲む音がしたが嫌がってはいない。

「……こいつは、まだ、痛むのか」

傷に触れてそう言うと、なまえも、俺の手の上に自分の手を重ねた。……何がとは言わないがギリギリだ。

「痛みは、ないですよ」
「そうかい」
「……」
「……」

なあ、と乞う様になまえの頬を撫でた。ゆっくりと布団の上に押し倒して、こつ、と額をぶつける。なまえが逃げる様子は、ない。怖がってもいないようだ。ただ、じっと俺の目を見ている。

「ーーこっから先も、見てえんだが」

いいか。
と、なまえは数度視線をさ迷わせた後に、覚悟を決めて俺を見上げる。そのまま、なまえが少し体を持ち上げて、俺の頬に唇を寄せた。ちゅ、と小さなリップ音。

「幻滅させたら、ごめんなさい」

そんなもの、どうやってしていいのかわからねェよ。



秘密基地で、リヒトが上機嫌そうに何かを捲って眺めていた。俺に気付くと振り返り、調子をさらに上げて言う。

「ジョーカー、これみてよ」

小難しい科学の本かと思ったがそうではない。こいつにしては珍しい、薄くて世俗的な本のようだ。いや、本ではなく。

「……なんだこりゃ、カレンダー……、」

受け取って、くるりと表紙を見てみると驚いた。
表紙を飾っているのは、

「なまえ……」

肉付きも顔色も良くなって、まるで普通の女のように見えるが、間違いない。……こんな笑顔は見たことがないが、間違えるはずがない。

「元気そうだね?」

にやりと笑ってリヒトが言う。

「はっ、こんな所にいやがったのか」

俺から、俺の隣から逃げて行ってからどのくらいの時が経っただろうか。下手をしたら死んでいるのではと思っていたが、なるほど。第七特殊消防隊。浅草か。いい隠れ蓑を見つけたって訳だ。
しかし、これはどういうことなんだろうな。

「随分、楽しそうじゃねェの」

殺したい程、綺麗な笑顔だ。


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20191231:実はジョーカーの固定主とは運命が違っただけの同じ子…

 

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