炎主夫道/ジョーカー


私は一体どこでどう徳を積んだのだろう。と、この光景を見るといつも思う。それともこれから積むのだろうか、とも。
試されているとしか思えない寒空の下、拳を握りしめながら寒さに耐えて帰宅すると、部屋の中が明るいしあたたかい。朝、急ぎすぎて何もかもつけっぱなしにした訳では無い。
どの時点でわかっていたのか、私が玄関を開けるとすぐに出迎えまであった。

「よう、おかえり。飯にするか、風呂にするか……、それとも、俺か?」
「……んん」

何度聞いても破壊力しかない言葉だ。私は胸を押えながら靴も脱がずにその場で小さくなるしかない。顔がいい、声がいい、エプロンが似合い過ぎている……。私は一体どうしたら。彼は、なに? 天使かなにか? 「ただいま帰りました」とどうにか言葉を振り絞る。
私を待ち構えていたジョーカーは楽しそうに笑いながら私を引き上げ、肩を貸してくれた。「ん、」靴を脱いでさっさと上がれということなのだろう。
挑発的な笑顔が似合いすぎて私は今の今まで労働していたことをさっぱり忘れて靴を脱ぎ、ジョーカーにお姫様抱っこで抱えられた。精神が死ぬ日も早い気がする。あまりにも。あまりにも特別扱いで泣きそうだ。ちなみに三日に一回くらいの頻度で泣く。

「で、どうする? このまま俺を食ってくれるのか?」

はわ、と間抜けな声を漏らしながら、ジョーカーに言う。「ご飯食べます……、そのあとお風呂で」「よし」と彼は私のコートとマフラーを奪っていき、慣れた様子でハンガーにかける。……一緒に住み始めたばかりの頃は真似事として奪ってみたは良いものの、どうしたらいいのか分からず困っていたのに。

「味噌汁温め直してやるから、サラダでも食いながら待ってな」

明日死ぬのでは。私は毎日、そう思う。
味付けを少し変えたらしいポテトサラダは私が食べても平気かというくらい美味しかったし、味噌汁の塩味は骨身に染みた。うぐぐ。言葉を尽くして褒めたいのだけれど言いすぎるとジョーカーは照れたようにいいから食え。と言いながら私の額を指で弾く。

「ご馳走様でした。今日も大丈夫かってくらい美味しかったです」
「そりゃよかったな、ダーリン」
「んぐっ」

かっ。
かっこよ、あるいは、かっわいと続くのだけれど私はあたたかいお茶を啜るのをやめて、胸を抑えて机に突っ伏した。めちゃくちゃに癒されているのだけれどめちゃくちゃ心臓が痛い。これは精神衛生上良いのだろうか悪いのだろうかいや、悪いはずがない大丈夫だ……。

「さて、そしたら動ける内に風呂だな。行くか」
「い、いくか……?」
「俺も一緒にはいるんだよ。今日はそうしようと思って待ってたんだぜ。まさか断らねえよな?」

断れるわけがなくないか。私は頭を抱えながら床に倒れ伏す。ああ、あ。いつか死ぬ。いや人間はそりゃあいつか死ぬが、そうでなくて、いつか死ぬ。生きていられる気がしない。三秒後かも。三秒後死ぬ。一、二、三、……、生き延びたけど絶対そのうち命を無くす。無理これ。

「悶えてねえでさっさと行くぞ。貴重な二人の時間なんだからな」
「ぎゃわっ」
「はいはい、奇声あげるのもそこそこにして戻ってきてくれ。ダーリン」
「正気に戻す気、なく、ない……?」
「ハハハ、ああ、一生そうやって俺を愛しておいてくれ」
「はあ……? すき……」
「俺もだ。行くぞ」

ジョーカーがあまりに楽しそうだから好きなようにさせていると、あっという間に全部済んで湯船に沈められる。ジョーカーも入るとお湯が溢れて、なんて言うか。私の今の感情に似ている。許容量の限界が来て溢れ出して、しばらくするとゆらゆらと安定する。それでもぎりぎりだから、ちょっとの刺激でまた、溢れてしまうのだけれど。
ジョーカーに背中を預けてぼんやりしている。

「それで、今日の首尾は?」
「んー、んん、まあ、なんとか、今度レストラン的なところ? 一緒に行くことになったから割と上々」
「なんて店だ?」
「店っていうかホテルなんじゃないかね? ほら、最近できたやたらと高くてキラキラしてて前衛的すぎて逆に原始的な建物」
「お前の所感はいつ聞いてもよくわからねえけどな。そうか。なにかあったら助けてやれるようにしとくから安心して行ってこい」
「はいはい、まあ、私的には別にいっ、」

顎を無理やりあげられて噛み付かれた。かぷ。と音がした。直ぐに離れて、真上からジョーカーの声が降ってくる。

「いつ死んでもいい、なんて言ったら怒るぜ。ダーリン」
「……ごめんね、死なないしジョーカーを未亡人にするわけに行かないから帰ってくるよ」
「その意気だ」

また、しばらく二人でぼうっとしていた。体から滴る雫が音もなく湯船と合流した。腕を動かすと、お湯が動く音が反響する。立ち上る湯気を見上げていると、「なまえ、」と、ジョーカーに呼ばれてまた見上げる。

「ふっ、」

ゆっくり、静かに近付いて、触れる直前で勢いを増す。何度か唇を合わせるとジョーカーが気持ち悪そうに眉を顰めた「……変な癖がついてんな。あのクソ野郎の趣味か?」「ほんと? 気が付かなかった……。ごめんね」「お前はひとつも悪くねえよ」完全に戻ってしまわないように、キスはそこで切り上げて、ジョーカーは私を持ち上げ正面を向くように引っくり返す。

「……悪いな。毎日気分悪ィだろ」
「いやいや。それこそジョーカーは一つも悪くない、どころか……、私的には至れり尽くせりで大満足っていうか……、ジョーカー主夫似合いすぎて私がやばいっていうか……、なんなら一生養いますって話なんで……、ほんと、ありがとうございます……」
「やめろ、拝むな」
「結婚しよう」
「もうしてるだろ……」

してるっけ? してるようなもんだろ。

「まあ、そういうわけだから、明日も上手くやってくるよ」
「……、風呂上がったらマッサージしてやる」
「ええ……? 私は一体何を返せば……? 何を捧げれば……、もう命くらいしかあげられるもの残ってないんですが……」
「いいっての。後でまとめてもらう」
「ん?」
「そいつから情報引き出せるだけ引き出したら、隅から隅まで消毒してやる」
「わぁ……」

本当は今すぐシてえけどな、と私の鎖骨を甘噛みした。傷も痕も残らない甘えるような触れ合いだ。が、見上げてくる目は獣そのもの。ぎら、と深い紫色が悪く光った。

「楽しみだな? ダーリン」
「お手柔らかにね、ハニー……」

明日もがんばりましょう。


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20191230:ベタベタに甘いのに耐えきれなくなってきた感

 

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