痛いほどわかる/紅丸


私は甘く見ていたのだ。今までが今までだったから。
若と付き合い始めてから三日が経ったのだが、まずは朝。私はいつも通りを装って廊下の向かい側から眠そうに歩いてくる若に「おはようございます」といつも通りに挨拶をした。いつもならば若からも軽く挨拶が返ってきてそのまま通り過ぎるだけだ。いつも通りであればこんな話はしていない。若は、「ああ、おはよう」などと言いながら、流れるように私の唇を奪っていった。しばし放心状態に陥る私。ヒナタちゃんとヒカゲちゃんに膝カックンで正気に戻されるまで呆然としていた。ちなみに三日続いている。おはようのちゅうだあれは。
いやいや、まあ、そういうこともあるだろう。若なりにわかりやすいようにしてくれているのだ。若だけに……。うるさい……、くだらないこと言ってる場合じゃない……。

「なまえ、行くぞ」
「あ、はい」

あとはこれも。若と連れ立って巡回をするのは本当に稀なことだったのだけれど、ここ三日、外出の時は必ず声をかけてくれる。途中の仕事があっても「ったくしょうがねぇな、若は」と紺炉中隊長がすかさず肩代わりしてくれて、背中を押される。で、問題はその後で。
……隣に立つ、若との距離が近い。
腕を絡めれば恋人繋ぎができてしまうような距離で連れ立って歩く。浅草の人達は気にしないどころか「やっとかい紅ちゃん!」などと囃し立て、「近々宴会しなきゃだな」と楽し気にしている。

「若……、あの……」
「なんだ」
「……、いえ、なんでも」

距離も近ければ声も近い。内臓、主に心臓がねじ切られそうに痛むのを感じながら詰所に戻ると次だ。
夕飯に限らず食事の支度をしていると、気配もなく後に立って、頭の上に顎を乗せてくる。私は思わず悲鳴みたいな声を上げてしまい、それが面白いのか若は愉快そうに喉の奥で笑う。楽しそうだなあと他人事のように思いながら、料理を続ける、ここまで来るとだんだん無に近い状態になる。
そのようにして隙あらば、人の目がなくなるや否やじゃれてくる若は猫のようだ。気配に聡いから決して人目があるとやりすぎないのがこの人らしい。
のだが。
だから。
つまり。

「じゃあ若、おやすみなさい」
「……」
「若……?」

三日目にして若は言う。

「寝所、別々じゃなくてもいいんじゃねェか」
「……」

人の目がなくなる夜と言うのは若にとっては好機であり、私にとっては逃げ場のない時間となる。いや、付き合っている、のだから別に嫌と言う訳ではないのだけれど、どうにも若のテンポに私がついていけていない。このまま生活していれば慣れてしまえる気もするが、今自室が無くなるのは、ちょっと、いや、かなり不安だ。

「ええと、」
「嫌なら別に襲ったりしねェよ」
「それはその、お気遣い大変痛み入るのですが……」

暴走気味ではないか、あまりに振り切れてしまっていなかいか、と私は思うのだが、その爆進を止めてくれる人はここにはいない……。紺炉中隊長はこの状況を喜んでいるし、まさかヒナタちゃんヒカゲちゃんに助けを求めるわけにもいかない……。

「若……?」
「それも」
「それ」
「二人の時は名前でいいだろ」

ひえ。今ならばわかるが、本当はあの時も若は名前で呼ばれたかったに違いない。たった一つの前提が今までの謎をほぼほぼ解明してくれた。改まって呼ぶのはやや恥ずかしいが、躊躇う程のことでもない。と言うか止めたら話が進まない。どうにか自室は残してもらわないと……。

「じゃあえっと、紅丸さん、」

望まれた通りに呼べば、呼び声の余韻を切るように抱きすくめられた。「ああ」返事はあったが、これでは続きが話せなくて……。

「紅丸さんあの、」
「寝るんだろ。行くぞ」
「そっち私の部屋じゃないんですが」
「嫌か」
「嫌っていうか」

片腕で簡単に抱き上げられて部屋に連行されそうになる。……、嫌とかキライとかじゃなくて……、だから。……、あの、はっきり言う、と……。
みっかじゃ、キモチが、ついていかない!!

「それはまだ無理です!!」

紅丸さんの腕からするりと抜け出して、ごめんなさあいと情けない声を上げながら私は自分の部屋に逃げ帰った。

「……まだ無理、か」

紅丸さんの大変に真理を心得た呟きは、私には聞こえていない。


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20191017:大事にされているのは、痛いほど分かる。

 

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