デート/ジョーカー


体を触るのも、好きだと言うのも、手を繋ぐのも抱き締めるのも今まで通りだ。ただ、ようやくここまで漕ぎ着けた俺としては、感慨深いものがある。いつだかは未遂に終わったセックスに至るのももうすぐなのでは。
とは言え、俺は、親友であり理解者であり、妹でもあり、更に生涯の伴侶も兼ねて大忙しのなまえを、労ってやらなければと思うわけだ。
今更体を繋げることを焦る必要もない、素直ななまえのことだ、その時がきたら自分から誘うくらいのことはしてみせるだろう。うーん、我が半身のことながら底が知れねェぜ。
本を読むなまえの上に被さって影を作る。
ソファの背に手をついて、わざとぱさりと髪を落とす。「ジョーカー?」なまえはなんか用かと俺と視線を合わせる。「今日は、」

「恋人らしいことがしてみたいと思わねェか?」

なまえはぱたんと本を閉じて「え、いや、今日は」と口篭る。

「……また天才の兄貴とデートか」
「うん、そんな感じです」
「ちょっと待ってろ」

ったく、あの野郎、最初はなまえになんの興味もなさそうだったくせに、なまえが懐いてくるとどんどん妹扱いが加速している。なまえも遠慮なく行きたい場所をリクエストしたり食べたいものを言ってみたりしている。「オイ、今日俺達は恋人の日だ。邪魔すんなよ」ヴィクトル・リヒトの後ろ姿にそう言うと「ええ?」と困惑した声を上げた後、「それなら、」とチケットを二枚渡された。

「なんだこれ」
「今日公開の映画。行きたがってたからチケット買っておいたんだ。二人で行ってきなよ」

甘えすぎだし甘やかしすぎだと思うのだが、この男はこれだから、なまえが多少近くてもいいかと思えてしまうのだった。ありがたく貰って、俺は、改めて「デートすんぞ」となまえに言った。



いつだか全身揃えてやった格好をさせて、髪も少しいじった。軽く化粧もしてやったら、なまえは「……ジョーカーは、」とだけ言った後黙った。俺は、こいつの為になるのならなんだってやってやりたいと思っている。目が曇るようなことがなければいいと本気で考えている訳だ。「ん?」「……いえ、大好きですよ」本当は、本当に私が好きですね、とかなんとか言いたかったのだろうけれど、告白に切り替えてくるところがなんとも好みだ。へっ。

「知ってるよ。ほら、かわいくなったぞ」
「ありがとうございます。それで何処に行くんです?」
「天才様からチケットのお恵みがあったからな。まずは映画だ」

ほら、と手を差し出してやると「はい」と手のひらを乗せてきた。握り合うだけのつなぎ方。……。

「……お前は、本当にここ数週間恋愛について勉強したのか?」
「えっ」
「今日の俺達は狙って恋人の距離感で動くんだよ。なら、こうじゃねえだろ」
「……? ……あ、あー!」

地下から外へ出るまで考えていたが、なまえは一度手を離して、またするりと、今度は腕から搦めて手のひらを合わせる。ぴたりとくっつき、お互いの指が交互に触れている。

「こうだ」

と、自分で恋人繋ぎと言う正解に辿り着く。なまえは力の抜けた顔で笑って、繋がる手を確かめた後、こちらを見上げた。「っ」息を飲む音がした。これは自意識過剰でもなんでもなく、恋に落ちる音がした、と言い換えることすら出来るだろう。年相応の女みたいに、照れて俯く。普段の距離より近かったから驚いたのだろう。直に慣れてしまうだろうから、この反応は貴重品だ。きっと今しか見られない。

「こ、いびとみたい、ですね」
「誰がどっからどう見ても恋人だろうが」
「ジョーカー」
「どうした」
「ジョーカーが……、五割増くらいかっこよく見える……」
「ハハハ! そうかい。ありがとよ」
「う、これは、一体……? これが噂の恋人補正……?」
「補正とか言うなよ」

補正なんかなくてもカッコイイだろうが、と言うのだがなまえは「それはまあ、それは、うん」と自分の気持ちと向き合っては言葉にできなくて悶々としていた。
なまえの手を引いて映画館で、なまえの観たいと言っていた映画を観た、まではいい。なかなか面白かったし、真剣にスクリーンを見つめるなまえの口にポップコーンを押し込むのはなかなか愉快だった。
それから、腹も減ったし昼飯でも食うか、と俺が言うと、なまえは得意げに俺を引っ張って、リヒトと行って美味かった店に連れて行かれた。実際美味かったのだけれど、こいつは本当に、本当に恋愛について勉強したのだろうか? 知識として入れた流行のデートスポットの話はどこへ行ったのか。さっきから、こいつが俺を連れていく場所は、全部、見事に全部リヒトと行った場所だ。

「オイ、」
「クレープは図書館でたところにたまに来てるワゴン車のお店が美味しいんですよ、でね、ジョーカーの好きそうな服の店もこの間二人で見つけて」
「オイ、なまえ、」
「あ、あとそうだ、お茶の専門店みたいなのもあって、今度来たらいくつか買ってみようかって話してて、で、もう少し日が落ちてきたらなんですけどちょっと東京の端の方まで行って、」
「聞け」

むに、と片手で頬を潰すとようやく黙って「ふぁい」と目を丸くしながら言った。いい加減にしないと流石に許容できなくなってきた。あいつは精神上では兄貴かも知れないが、俺からしたら俺の次に距離の近い、本気を出されたら厄介な男だ。そんな男に、連れて行って貰った場所の話ばかりされても面白くない。

「お前が行きたい場所はねェのか」
「へ? 全部私が行きたい場所ですけど……」
「お前は全部あいつと行ってる所じゃねえか」
「う、うん……。駄目?」
「……」

駄目ではない。好きなところに好きなように連れて行ってやりたいのだから、これでもいい。正直に全部吐き出せばこいつは理解するだろうが、いらない気を回させるのもスマートじゃねえ。「駄目じゃねえ、なんでもねえよ」と撤回してやるつもりで口を開くと。

「ジョーカーと来たいと思って覚えてたんですけど……」
「……」

つまり、他の男と一緒にいても堂々と俺のことを考えていたし、俺が好きそうとかそうではなさそうとか、きっと話題もそんなのばかりだったのだろう。リヒトの奴が呆れた顔で相槌を打つ姿が目に浮かぶ。ジョーカーは、ジョーカーが、そうはしゃぐなまえをよく色んな場所に連れてってくれたもんだ。
はあ。そうかいそうかい。ったく、それならしかたない。

「お前は本当に、」

本当に、俺が好きだな。そう言って笑ってやろうと思ったのだが、ふと思い留まった。なまえは妙な間があるのを感じて慌てはじめる。

「え? またなにかおかしいですか?」

公園のベンチで流行りの飲み物片手になまえを覗き込む。俺やリヒトの必死の健康管理の甲斐あってどこもかしこもやわらかい。いつものことだが、瞳は、澄み切ってダイヤモンドのような光を放つ。太陽の下だと、余計に綺麗でくらくらする。

「いいや、大好きだぜ」
「ふふ、知ってます」

いつもなら思い切り頭を撫でてやるところだが、こういう時はきっと、とびきりロマンチックなキスをするべきだ。
やや撫でられ待ちでいるところ悪いが、俺は、なまえを引き寄せて、かぷ、と口に噛み付いた。


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20191219:こんなだから初えっちであんなこ(ry

 

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