結論から言うと/ジョーカー


結論から言うと、難しすぎた。恋とはあまりに難解すぎて、私は何度となく匙を投げた。「リヒトくんリヒトくん、例の件、ぜんっぜんわかりません」と涙目で言うと「だよね」と笑っていた。「実は僕にもあんまり」とも。リヒトくんにわからないなら私に答えを出せようはずもない。ただ、なんとなく、そのリヒトくんの言った私は恋を「してるようにもしてないようにも」見えるらしいという言葉だけが気になって、そこだけは諦めきれなくて答えを探している。なにかがきっかけで、気付けるかもしれない。答えは私の中にあるはずだから。
今日も図書館で参考資料(研究論文だったりエッセイだったり小説だったり映画だったりいろいろだ)を閉館ギリギリまで読み漁り、その後最新の情報も得られればと一人で映画を観てから外に出た。肩を回して背を反って伸ばしてから秘密基地に帰ろうかなと脱力していると、後ろから声をかけられた。
知らない人だ。一般人に見える。

「あの、」

歳の近そうな、学生だろうか? 見るからに私がいつも一緒にいる二人とは違う雰囲気の男の子は言った。



すっかり遅くなってしまった。私は秘密基地に入るなり、ジョーカーを見つけて駆け寄った。

「ジョーカー」
「おう、ようやく帰ってきたか不良娘め」

「ジョーカー、」両腕を広げてハグを強請ってみるとジョーカーはソファから体を起こして「お? いいぜ。ほら」と同じように腕を広げてくれた。その真ん中に、倒れ込むように収まる。
背に回った手があたたかい。首に擦り寄ると頭を撫でてくれた。

「なんだなんだ? 随分甘えるじゃねえか」
「んん」
「なんかあっ……、ん? なまえ……、お前なんか変な臭いさせてるな……? なにがあった? どこで夜遊びしてきやがった?」
「ジョーカーは恋したことありますか」

映画館を出たところで声をかけてきた学生さんは、よく、図書館で私を見かけていたのだという。映画も、一人だというのに心の底から楽しそうにしているのを見たこともある、とも言っていた。
そういうところを「好き」になってしまったから、次はぜひ二人で、と、そういう話だった。これが噂の告白だ、と、やや焦ったが、すぐにジョーカーのことを思い出した。私の、その特別な好き、は、もう、私の手元にない。という事に気が付いた。

「恋」

ジョーカーは言った。私を膝の上に座らせて(いつものだ)、私の顔を見上げている。誤魔化されるような気も、真面目に答えて貰えるような気もしていた。待っていると、ぽつ、と教えてくれた。

「……一回だけな」
「一回」

それが幸せなことなのかどうなのかは、私にも、きっとジョーカーにも判断がつかない。「俺の恋は、」ジョーカーの手が私の頬を撫でる。今は怪我もしていないしゴミもついていないが、さらり、と指先で拭われる。

「十年以上前に、真っ暗闇の地下の牢獄の中……。生臭い上にカビ臭い、クソみてえな場所で会った女にやったんだよ」

片目だけになってしまったけど、あの時と同じ目でジョーカーは私を見ていた。紫色っていうのは、こんなにあたたかい色なのだと、あの日、はじめて知った。それは。

「……私では?」
「お前だよ」

ぴし、と額を弾かれて痛かった。
そうか。私。

「お前は? 恋、したことあんのか」

少し思考を整理したかったのに、ジョーカーにそう問われて慌てて顔を上げる。

「え、いや、私、は」
「なんだあ? 人に喋らしといて自分は秘密にしようってか?」
「いや、私は、あの、ほら、あれ」
「あれってなんだよ」

わからないから、参考までに聞いただけ、そう誤魔化してしまおうと思うのに、ジョーカーの、言葉に、なるほど、と思えてしまって言葉が続かない。私は、ジョーカーも、本当のところ恋なんて知らないと勝手に思っていたのに。
あの時。
あの時私も。いいやもしかしたら私の方が先に。
そうっと、私の傷を拭ってくれた優しい指、に。

「……」
「オイ、黙るな。俺と仲良く恋バナしようぜ?」

むに、と頬をつままれて腰を抱えられて逃げ場がない。話すまで離してくれないかもしれない。まだ待って欲しいのだけど、この状況をどうにかするにはどうしたら。あっ。

「実はさっき知らない人から告白されて……」
「あ!? なんだそりゃ、きっちりかっちり断ってきたんだろうな?」
「うん」
「てことはこれはそいつの臭いか。……待て、告られただけで臭いが移るわけねえ。なにされた?」
「いや、お茶を一杯飲んできただけ」
「浮気じゃねえか!」
「う、浮気じゃない。ていうか、それ、ジョーカーはよく言うけどそもそも私たちは明確に付き合ってる訳では」
「……ほォ」

崖っぷちだ。そんな気がする。逃げたつもりがこちらでも追い込まれた。ジョーカーは至極楽しそうに笑う。

「ここのところ恋愛映画ばっか観てやがったもんな。そりゃそういうことが気になり出すよな」

気になりだしたのは本当だ。私たちの関係はどういうものになるのだろうと。恋人なのだろうか。そもそもこれは恋なのか、と。でも、この話はもういい。私の中で答えが出たから研究もやめようと思っているのに。

「ち、ちがう」
「嘘は良くねェな」
「い、いいんですこれで」
「これってのは?」
「これはこれ、恋人って名前、なんか、大層だし、私はジョーカーの、悪友だったり家族だったりしたいから、明確にしなくても」
「恋人の時はなくていいのか?」
「恋人の時は……」

仕返しされている……。盛大な告白をさせた手前私から根をあげる訳にはいかない。「ん?」する、と髪を撫でられて、首を傾げながら待っている。単純に、大好きだ、と言う時は、こんなに、緊張しないのに。

「恋人も、やってみたい、よ……」

好きも大好きも言えるのに、これに、恋、と名付けてしまうと途端に気恥しい。変な知識、入れなきゃ良かった。
ジョーカーは満足そうに笑うけれど、すぐに私が緊急回避のために投げた爆弾について思い出して私をソファに押し倒す。ぱさ、とジョーカーの細い髪が降ってきた。窮屈だけど、苦しくない。
今、ジョーカーしか視界にいない。

「つーことはだ。お前は俺という恋人がいるってのにお前に惚れてる他の男と茶をしばいたことになるな?」

どこまでが浮気か、に関する議論にもひと通り目を通した私は、確かにそうかもと言い返せなかった。いやもちろん断ったのだけれど、諦めるからコーヒー一杯だけでも付き合ってくれと言われて、つい、一杯ならいいかなどと思ってしまった。

「……ごめんなさい、あまりに珍しくて」
「興味本位で付いてっちまったわけだ。良くねえな。そういうのが癖になると」

ちょっと怒ってる……。
私に好意のある人間と二人きりになってはいけない、と、いや、たぶん、リヒトくん以外の男の人と一緒にいることすら許可されていない……。(リヒトくんでも拗ねるのに……)

「き、気を付けます」

ジョーカーは私の鼻先でわざとゆっくり言う。

「許して欲しいか?」
「許して欲しい」

私がそう答えるのを聞いて、私は横に抱え直されてベッドに放り投げられた。別々に寝る可能性なんて考えられていない悠々と二人が転がれるサイズだ。
私を押し込んで、ジョーカーも隣で寝転がる。

「しょうがねえ。特別に、お前のここ最近の研究成果を俺に教えてくれるんなら許してやろう」
「研究成果」
「あるいは、お前がわざわざ地雷踏みながら回避したお前の恋の話で手を打とう」
「研究成果話しますから許して下さい……、ええと、何が聞きたいんですか……。今の若者にバカウケのタピオカ屋の情報ですか最もホットなデートスポットですか……。それとも恋を叶えるおまじない各種ですか……?」
「……お前、なんか間違えてねえか」
「えっ……」

まあなんでもいいから全部吐け、と、言われ、私は一晩中話し続けて声が涸れた。「しんどかったんですが」と文句を言うと「お仕置なんだから当然だろ」と眠そうに目を擦っていた。途中眠そうにしていたのに、結局ジョーカーも最後まで起きていた……これでは……お仕置ではなく痛み分けでは……?


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20191218:途中で寝るとか勿体ないとかそんなことだからあんなすけべになってしまうんだぞ…。

 

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