罪状:抱えきれない程の優しさ02


家で猫と戯れる男の子に「いってきます」と言って家を出た。今日は空を見るような余裕はなく、必要そうなことを彼に伝えられたかだけしばらく考えていた。困ったら電話してくれと言ってあるし、きっと大丈夫だろう。
電話が鳴るようなことはなく、なまえは定時になると走って会社から帰った。「ただいま」と普段ゆっくりと眺める夕日に目もくれずに家に飛び込む。リビングに入ると男の子は適当にテレビを眺めたり、漫画を読んだり、そこにあるもので適当に暇をつぶしていたらしい。丸まって眠る猫の横で、「あ」と短く声を上げて私を見上げていた。

「晩ご飯、今から作るけど、食べたいものある?」
「……俺が?」
「うん。君が」
「……」

しばらく考えていたが、何かを思い出したように周囲に散らばる雑誌に視線を走らせて、その内一冊を手に取る。かなり前に買ったこの辺りの観光マップだ。「これ」と見せられたのは開店三時間で全てのケーキが売り切れるとんでもない店のショートケーキだった。……なるほど。
次の休みに買いに行こう、と決めて、今日の所は近所のケーキ屋さんので我慢してもらおう。と、なる、と……。

「あとで、鍋見ておいてって言ったら、できる?」
「焦げないようにってことか?」
「そうそう」
「……多分、できる」
「よし」

ならば煮物でも作って、煮ている間にケーキを買いに行って、焼き魚と味噌汁でも作るとしよう。「苦手なものは?」と聞くが「ない、と思う」と返って来た。まだ名前も聞いていないが年頃の男の子が満足に食事もできないのはいけない。何はともあれ今日は肉じゃがと、焼き魚と味噌汁だ。具は、豆腐とわかめがあったはず。手早く用意すると、鍋を任せて外に出た。



こういう時、なんと言うべきなのだろう。
猫三匹は餌を貰って満足して眠っているのだけれど、俺はと言えばはじめてみる料理に、舌に乗っかるのははじめての味に、目を白黒させていた。俺と猫を拾った女は美味いか、とは聞かずに、「食べれる?」と聞いた。
……。食える。一つ頷くと、安心したように「よかった」と笑った。

「おかわりあるよ」
「全部?」
「魚は人数分しかないからごめん」
「この、煮てたやつは」
「二人分の量っていうのがいまいちわからなくて多分これは、四人前くらいあるんじゃないかな。まだ全然あります」
「これ、」
「ん?」

ぐ、と言葉に詰まる。
口の中にじゃがいもを入れると溶けるみたいに崩れて、ほわほわといい香りと優しさを煮込んだみたいな味がする。表現の仕方がわからない。表現する必要があるかもわからないが、この人間が作った料理だ、と納得できてしまう、と言うか。

「もっと食べる?」
「ん、」

頷くと、嬉しそうに笑っていた。

「さっきの雑誌のとは違うけど、ケーキもあるからね」
「……わざわざ買ってきたのか」
「ん? まあ徒歩十分の場所だし」

買う、ということは金銭の動きがあったということだし、仕事というのは俺で言うところの一日の訓練のようなものだろう。その後に俺の世話や猫の世話なんて平気な顔して焼いているこいつは、もしかしたら結構な体力の持ち主なのかもしれなかった。その体力を惜しげもなく使って、俺になにを要求するでもない。鍋を見ていたくらいだ。
そうして当然、という顔をしているが、俺はこいつ、この女の名前も知らないし、俺もなにも話していない。優しい、なんて言葉だけで収まる行動だろうか。それは極まるとこんなことになるのだろうか? じっと見ていると、にこりと笑われて目を逸らす。説明できないことばかりだ。
けれど、いいと言うならいいのだろう。俺はにくじゃが、という煮物を三杯おかわりした。米は、二杯目はお茶漬け、と言うのにしてくれた。流し込むように食べきると女はゆっくりと笑って見せた。

「はい、デザート」
「……」

雑誌で見たのと少し違う? か? けど、同じな気もする。
フォークを渡されて戸惑っていると、正面で先に食っているから、それを見様見真似で同じようにしてみる。先端を、フォークを寝かして切って、一口でいける大きさにしたら、今度はそれを刺して口の中へ。

「私は、ここのお菓子が結構好きで、特別な日は買うことも多いんだけれど」

どうだろう。と聞かれる。どうだろう、というのは難しい。
どんな味がするのか予想もつかなかったわけだが、これは。
簡単に言えば甘い、なのだろうが、ただ甘いだけではない。

「美味しい?」
「ああ、それだ」

言われた言葉に素直に頷く。美味い。そうだ。それ。普段は使わない言葉だし、概念として知っているだけだからすぐに出てこなかった。味、というのもわかるけれど、地下の飯とはなにもかもが違いすぎて何をどう比べたらよいのかすらわからない。

「うまい」

じわ、と何故か目が熱くなって咄嗟に目を拭った。

「よかった」

と笑うこいつはやはり、とんでもなく優しいだけの笑顔で笑って、にくじゃがもこの、菓子、ショートケーキも、こいつとよく似ている気がした。
……このあたたかい感じも、穏やかな感じも、少し、怖いくらい、だ。



三日が経って、「ただいま」と職場から帰って来ると、部屋はきっちり片付けられていた。
部屋には、猫達だけが残されて、彼の姿はどこにもなかった。


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20191221:こわいくらい

 

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