無害/黒野*


害がないことを無害と言う。害がないとはおそらく、なんの問題もないことを言うのだろう。だからこの状況は無害とは言えない。

「少し、手が荒れているな」

少なくとも、私にとっては。「水仕事、してましたからね」と言うと「そんなもの、他の奴にはやらせておいたらどうだ」と優一郎黒野は言って、私の鞄から勝手にハンドクリームを取り出して塗り始めた。
私の手が小さいのか、この男の手が大きいのかわからないけれど、重ね合わせればすっぽりと覆われてしまうし、私の指など簡単に折られてしまいそうだ。恍惚とした表情で手を取られ、指と指との間を丹念に撫でられ、最後には手のひらにキスをされる。ちゅ、とここが灰島のオフィスであることなどお構い無しだ。
私の細すぎる指が黒野の力強い指に絡まって、みし、と小さな音を立てる。痛みはない。けれど。

「ほら、綺麗になったぞ」

と、私の指にかかる黒野の指は、今まさに私の指をへし折ってしまいそうな雰囲気が常にある。今か、次の瞬間か、黒野が少しでも力を入れたら、ぱき、と木の枝みたいに私の指は折れるのだろう。それを想像して、いつも、背中がぞくりと凍る。
私は、この男が恐ろしい。

「ところで今日は飲み会だったか」
「はい」
「俺は行けないが、代わりに口紅を引いてやろう。浮気はするなよ」

すると、今度は黒野が自分のポケットから私用に買った口紅を取り出し、キャップを机に置く。また、私に、恐ろしい指が伸びてくる。鎖骨のあたりをサラリと撫でて、そのまま首をつうっと登る。ほう、と熱い息がかかり、またぞくりとする。ようやく指が顎に到達すると、黒野は、慣れた手つきで口紅を塗った。
私の首は今日も無事だが、見下ろしてくる熱すぎる目はいつもと同じで、当然のように唇を重ねられた。ちゅ、とリップ音をさせた後に離れていく。……黒野は、こんな程度じゃ全く足らないと見せ付けるような欲情した目をしているくせに、

「飲みすぎには注意しろ」

などと。言葉だけは普通の人間のように軽く、私の前から居なくなった。害はない。今のところは。しかし、この恐怖は許容できない。ただの好意では、絶対にない。無論愛などと言うものでもない。愛なのだとしたら、どこかを何かに蝕まれているとんでもない欠陥品だ。
私はいつか、この男に殺される、そんな気がしてならない。


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20191217:21巻読んでたらなぜかくろのんになた

 

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