名前をつけてみようの会/リヒト
博物館に連れ出してから、僕の時間がある時は、いろんなところに一緒に出かけるようになった。(勝手に忍び込んだりしてるらしいけど)学校だったり、公園だったり、デパートだったり、美術館とか博物館、図書館の時がやはり多いだろうか。
「リヒトくん、」
となまえが僕を呼んで、僕はくるりと振り返る。「食料品買いによってもいいです?」と市場を指差す彼女は、僕の恋人にも見えるのだろうなと思ったりする。そんなことを思ったから、いつもより距離が近かったのか。
「彼氏、背え高いねえ」
と、果物屋の店員に言われていた。なまえは「彼氏」とその言葉の意味を考えて「お兄ちゃんです」と訂正していた。訂正しているのに本当のことではなくて笑ってしまう。
「あら、そうなの。あんまり似てないわねえ」
それもどうなんだ。なまえは「そうなんです」と真面目な顔をして頷いていた。そして、ぱっと僕の隣に戻ってきて、しばらく無言でじっと何かを考えていた。僕は彼女のこういう所が嫌いでは無いのだけれど、今日の議題はなかなか難問な気がするぞ。
「リヒトくん、」
「ん?」
「恋人に見えるらしいですね」
「だね。僕達同じ歳の男女だし、そういうこともあるね」
「リヒトくん」
「なんだい」
「大丈夫ですか。このシチュエーション映画で観たことありますけど、リヒトくんに本命がいたら迷惑がかかってるやつですよね」
「うーん、ありがとう。残念ながらそういう人は居ないし、僕は君のお兄ちゃんでしょ? そしたらなにも問題ないから大丈夫だよ」
なまえは漸くいろいろ言葉がわかるようになってきた子供のように僕の言葉を聞いている。「なるほど」次の質問が飛んでくる。
「恋って、楽しいです?」
「……人によるんじゃない?」
「人による」となまえは僕の言葉を繰り返す。僕の場合は切なくて面倒なことが多いのだけれど、ふと気になって質問される前に聞いてみる。
「なまえはどう?」
「……私ですか?」
今にも何故? と言い出しかねない顔をしている。「何故……?」あ、本当に言った。
「したことない? 恋」
「……リヒトくんには、私が、恋をしてるように見えるんですか?」
恐る恐る、一言ずつ言葉を選んで聞かれてしまった。
「そう見えるような気もするし、見えない気もするから」
「……恋」
恋を、している、のか? となまえは考え始める。電柱にぶつかりそうになっていたから肩を引き寄せて避けさせるが、反応がない。
「ジョーカーとは、そういう、の、では」
「違うんだ」
「違う、と、言うと、ジョーカーは、怒る、ような」
おお、それはきっと正解だ。ただ単純にそうでは無い、ではジョーカーは納得しないだろう。「恋人じゃない奴に好きだって言って体触らせるのか?」などと、そんなことを言って怒るに違いない。そんな小さな肩書きは欲しくないと思っているくせに、違うと言われると怒るのだ。
「恋人……?」
なまえはふと前を見て、連れ立って歩く男女を見る。きゃっきゃっと楽しげに声を上げてピタリとくっついて歩いている。まあ確かに、あのイメージで考えると違うと言いたくなるのもわかる。なまえとジョーカーは僕からみたってお互いとんでもなく大事に想っていることしかわからない。家族にも親友にも恋人にも見えるのである。
「……」
次の質問はなんとなく予想できる。きっと、恋人とはなにか、あるいは、恋とはなにか。だ。僕も彼女の知的好奇心の向かう先がわかるようになってきた。というか、今回は僕が多少誘導したのだけれど。
「恋ってどんなです?」
うん。的中。
「それも、人によるかなあ」
「やはり……」となまえは考え込んでいる「サンプルが欲しいな……」あ、これはもしかしたら僕の言葉を真似ているのかもしれない。うーーーーん、これは妹だ。かわいいから頭を撫でてしまった。
「ありがとうございます、考えてみます」
「うん。結論が出たら教えてね」
「はい」
なまえはこちらを見上げて、に、と笑った。いたずらっぽい笑い顔が、どんどんジョーカーに似てくる。のだが、はじめて見た時からなまえの目はいつでも何かに恋をしているみたいにきらめいている。
参考資料にといくつか本を買ってあげると、なまえは喜んだが、ジョーカーには怒られた。なんでも、
「何勉強してんのか聞いたら、これはリヒトくんとの共同研究ですよ、とか言って秘密にされた」
らしい。
「その時の、イタズラ計画する子供みたいな顔、お前にそっくりだったぜ……」
なんだって。それは気付かなかった。
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20191215:恋について考える